エイチ・アイ・エス(HIS)を創業した旅行業界の異端児、澤田秀雄会長がメディカルツーリズム(医療観光)の世界でも型破りのビジネスを始めた。HISが資本参加して澤田会長が社長を務める長崎県佐世保市の大型リゾート施設ハウステンボス(HTB)は1月29日、滞在型の医療観光施設「ホリスティックセンター ザ・ソアラ」を本格スタートする。型破りなのはここで提供されるサービスの中身である。
医療を受けることを目的とした医療観光は日本に海外旅行客を集客する策の一つとして全国各地で事業化が進んでいる。売り物は日本が誇る最先端の医療技術と設備を使った健診や治療だ。対してHTBが提供するのは、西洋医学による一般的な現代医療ではなく、西洋医学と東洋医学などを組み合わせた「統合医療」である。
統合医療を「科学的に効果が証明されていない眉つばの世界」と言ってのける医師も少なくないが、HTBは「統合医療のアプローチを西洋医学のアプローチでも説明できるよう、西洋医学の医師も施術家チームに組み込んでいる。全身温熱浴や鍼灸など、日本で洗練され独自の価値をもった施術は多く、日本の統合医療は世界の中でも競争力を持っている」と説明する。統合医療に執心してプロジェクトを主導したのは他でもない澤田会長自身だ。
サービスの目玉である全身温熱療法は体温を上昇させて免疫力を高めるというもので、滞在中はこの温熱療法を中心に鍼灸、インド伝統医学のアーユルヴェーダ、菜食による食事管理などで体質改善が図られる。料金は3泊4日で26万5000円、6泊7日で48万円。富裕層狙いである点は従来の医療観光と同じだが、独自の勝算は「患者」ではなく「病気予備軍」をターゲットにしたことにある。
すでに病気にかかって治療を受けている患者が医療観光を通じて別の医療機関で治療するというのはなかなかハードルが高い。一方で「なんとなく体の調子が悪い」という「未病」(体調不良が病気に進行しつつある状態)の病気予備軍は人数が多いうえに、特定の医療機関に縛られていないケースが多い。つまり従来型の医療観光よりも集客のハードルは低くなる。
もっとも関係者らの口ぶりから、HTBが将来的には治療を行う医療観光に無関心ではないことはうかがえる。まずは初期投資7500万円でザ・ソアラを開業し、健康に関心を持つ富裕層を早い段階で取り込む医療観光の入り口を作ったのである。
異色の医療観光に対して医療業界では、話題先行で“傍流”のサービスという冷ややかな見方もある。かといって“正統派”の医療観光が順風満帆といわけでもない。がんの健診と治療で医療観光を行うある医療施設の医師は「医療観光はタイやシンガポールなどアジア勢の競争力が優れており、東日本大震災の影響で海外旅行客の足が遠のいた日本が集客を増やすのは簡単ではない。医療観光に過剰な期待を持つのは疑問だ」と吐露する。
こうしたシビアな現実を前に、HTBの挑戦は医療観光の一つの試金石となる。ザ・ソアラは2010年12月にプレオープンし、1月中旬からは毎日利用客が訪れるようになった。まずは国内の富裕層を取り込み、2月就航予定の長崎~上海航路とのセット提案を皮切りに中国などアジアに集客範囲を広げ、さらには欧米市場も狙う。初年度の目標は利用者数500人、売上高1億5000万円。ビジネスに対する引き際の早さでも有名な澤田会長だけに、期待外れであれば見切りをつけるのも早いだろう。
(「週刊ダイヤモンド」編集部 臼井真粧美)