当時の私はファシリテーションの知識も経験も皆無でしたが、他のファシリテーターと一緒に事前に議論のプロセスを考え、見よう見まねで必死になって議論をファシリテーションしました。1日の議論が終わると、他のファシリテーターたちと一緒に翌日の議論に備えて論点を整理して翌朝簡単にリキャップ(復習)できるようにし、議論の中で参加者から求められたデータを深夜までかけて国際電話やファックスなどで全部集めたりと毎日大変でした。参加者も大変ですが、ファシリテーターたちもフラフラになりました。

 結局この時の提案はほぼすべて承認され、議論し提案した人たちがそのまま実行者となって改革が進み、合弁事業は2年ほどの間にV字回復しました。このCAPで初めてファシリテーターを体験したわけですが、「うわっ!」という驚きがありましたね。スピード感、意思決定に至るまでの集中したエネルギー、そこから生み出された成果を肌身で感じ、すごい技術だなと思いました。その経験の一部を少しデフォルメして小説としてまとめたのが『ザ・ファシリテーター』(小社刊)です。

日本ファシリテーション協会
の設立に参画した経緯

──森さんは2003年にNPO法人日本ファシリテーション協会の設立に参画されましたが、このときのご経験がきっかけになったのでしょうか?

 今お話ししたCAP体験がなければなかったと思いますが、参画した理由はもう一つあります。それは、ファシリテーションを普及しないと日本人が国際社会でリーダーシップをとれなくなるという危機感です。

  GEの中でアジア全体やグローバル組織のリーダーをしていた時ですが、人事評価の時に、優秀な日本人の評価が私と私の上司のアメリカ人との間で大きくずれることが何度かありました。9段階評価で2段階くらいずれる。一方で、ドイツ人やアメリカ人、中国人の部下たちの評価はほとんどずれないのです。

なぜ今、ファシリタティブなリーダーが注目されるのか?ファシリテーションを学ぶ人たちのバイブルとなっている森氏の代表作『ザ・ファシリテーター』『ザ・ファシリテーター2』、最新作の『ストーリーでわかるファシリテーター入門』(いずれも小社刊)。

  私が日本人にエコひいきしているように思われそうで、この問題の解決には手を焼きました。部下の行動をいろいろ観察してみると、原因がファシリテーション能力にあると気づきます。

 その優秀な何人かの日本人は、いずれも知識も経験も豊富で判断も確かです。しかし、俺のほうがわかっているからゴタゴタ言わずについてこいというタイプだったのです。言葉の問題もあったと思いますが、そういうリーダーシップの取り方は海外ではあまり評価されません。むしろ、問題を投げかけ、議論させて、問題解決を図るというファシリテーター型のリーダーシップのほうが高く評価されるのです。

 そこで私は日本人の部下にファシリテーション教育をしなければと思うようになったのですが、当時の日本ではそういう機会がなく、予算の制約上、アメリカに派遣することもできませんでした。

 それなら自分で教科書を書こうと思っていた矢先に、堀公俊さんが『問題解決ファシリテーター』(東洋経済新報社刊)という良書を上梓され、著書の中で「NPOを作ってはどうだろうか」という提案をなさっておられました。すぐに私は堀さんにご連絡をして、何人かの方々と一緒にNPO法人日本ファシリテーション協会を設立したのです。

 今では日本でもファシリテーションという言葉が広く浸透していますが、それをリーダーシップのコアスキルとして位置付けている方はまだまだ少ないと感じます。アメリカではファシリタティブなリーダーが主流になっていますから、日本でも増えていくことを期待したいですね。

(写真撮影:宇佐見利明)

※次回は3月13日(火)に配信致します。