私は、子どもたちの心身の健康を最優先で判断するため、放射線のことにばかり意識が向いてしまう原子力工学の専門家ではなく、医学と物理学の専門家のアドバイスを重視しました。医学も、放射線科はもとより小児精神科、公衆衛生含め、様々な分野の医療者の知恵を集めました。また、しがらみが少なく真理の探究に純粋に人生をかけてきた理学部の学者を信じました。そのことは正しかったと思っています。

 人の健康といっても、身体の健康、精神の健康の両方があります。そして、子どもの場合、健全・健康な成長・発達という要素が加わります。私が、この三つの健康の間でのトレードオフに悩みました。

 ラジウム温泉などを例に出して、低線量被ばくは健康にむしろプラスだという学説もありますが、とりあえず、それは横に置くとして、身体の中長期のがん発症リスクを考えれば、放射性物質による身体への被ばくをゼロにすることが正解です。しかし、被ばくリスクの回避を強調しすぎると、すでに、低線量の被ばくをしてしまった人々を過度に不安に陥れ苦しめ続けることになります。現に、福島の人々の精神面の健康を大いに損ねました。慣れない避難生活もあいまって、精神面のストレスは、精神にとどまらず結局身体の健康をも害することになりました。精神的ストレスや運動不足から、将来の発がんリスクも結果として高くなってしまうでしょう。被ばくを過度に恐れて、屋外でのびのびと走り回るのをやめてしまった子どもたちの、健全な成長・発達を阻害するリスクも高まりました。

 チェルノブイリ事故後に世界中の多様な分野の膨大な数の学者が協力して作成されたICRPの報告書が強調していたのも、「判断能力のない子どもたちにとって、避難するという経験は、実際に受けたであろう健康上の影響よりも、はるかに大きな影響を受けたと子どもたちが勝手に思い込んでしまうことによって、精神的に大きなダメージを与え、心理的な問題を長期に引きずってしまう。そのことを極力回避しなければならない」というものでした。小児精神の専門家たちのアドバイスも、ほぼ同じでした。ところが、そうしたアドバイスをしてくれた小児精神の専門家たちも、私同様、様々な圧力に苦しみました。

 当時の文部科学大臣は高木義明さんでしたが、被爆地長崎県選出ならではの指示で、よく覚えているのは、「第二次世界大戦で原爆が投下された長崎でも、戦後長らく、被ばくに伴う結婚差別、就職差別が、深刻だった。福島では、そのことをしっかり教訓にしてほしい」というものでした。本当にその通りだと思いました。しかし、その高木大臣の懸念が福島でも起こってしまいました。今回も、偏見や差別に苦しむ方々が大勢います。その元凶が、一部の分野の専門家の言動と、それを喧伝するマスコミと、それに抗せなかった政治家と政治家を諫められなかった官僚です。