つまり、一部のデジタルネイティブやデジタル分野の担当者にデジタル化を任せきりにするのではなく、全員がデジタルを当たり前のように駆使して事業を推進していかなければならないのです。

 私たちが海外で議論する時に、“Digital is Dead(デジタルは死んだ)”というハナシがよく出ます。これは「デジタル化」なんて言うのは大前提で、もはやそんな議論をしている場合ではなく、その先を見据えて議論しよう、ということを意味します。

グローバル大企業のCEO全員が
デジタルネイティブなわけではない

 先ほど「忖度」という言葉を出しましたが、社長を始めとする、日本企業の50代、60代の幹部の方々が、とりわけ「デジタル」というテーマで大ナタを振るうことを躊躇する背景には、「自分はその領域はやったことがないし、詳しくないから……」とか「自分はそうしたサービスを使わないから……」、「過去の自分の経験、成功体験が活かせないから……」というように、消極的になってしまう心的要因があり、その結果の忖度なのかもしれないとふと思うことがあります。

 しかし、ちょっと考えてみて下さい。デジタル化の大改革を実行しているグローバルの大企業のCEOたちが全員、デジタルネイティブであるわけではありません。また、日本の大手IT企業やメガベンチャーの経営者たち、例えば楽天の三木谷さんやDeNAの南場さんも別にデジタルネイティブでもなければ、エンジニアやデザイナー出身でもありません。スタートアップの社長をやっている私の友人たちの多くも、自身でプログラムコードを書いたり、ツールを使ってデザインしたりするわけではありません。

 では、デジタル化を推進できる経営者と、できない経営者では何が違うのでしょう? 私から見ると、前者にはいくつか共通するものが備わっているように思います。それは何かというと、デジタルを活用してビジネスを推進、または経営していく上で必要不可欠な、code of conduct(行動規範)や実行する際の価値観や考え方(OS)だと言えると思います。

 その具体例としては、次のようなものがあげられます。