脳はミトコンドリアのエネルギーで「思考」する

 このプロセスが完了したあとで、驚くべき、そしてエレガントなことが起こる。体が、リン酸の分子をADPに再付着させて、燃料として使うATPを再生産し、これをまたADPとPとに分解してもっと多くのエネルギーを生み出す。

 要するにミトコンドリアは、同じ分子でエネルギーを再生産しつづける、オリジナルの分子エンジンなのだ。これは、ATPの単位ごとにゼロからエネルギーを作るよりはるかに効率的な方法だ。

 平均的な細胞には約10億個のATP分子が含まれ、各分子は毎分3回リサイクルされる。ざっと100兆個の細胞があるけれども、正常な人の全身に存在するATPはどの時点においても1.75オンス(50グラム)にすぎない。

 各ミトコンドリアのATPサイクルでは、最大で毎秒600個のATP分子を生成できる。一日に2500キロカロリーを食べるとすると、ミトコンドリアはこの50グラムのATPを何度も再生産、再使用するので、一日を通じて180キロ分のATPを生成するのと同等ということになる。

 ミトコンドリアには、全身のすべてのシステムと機能のためのエネルギーを生成するほかにも重要な仕事がある。細胞間のシグナル送信、細胞分化(ある種の細胞を他種に変えること)、細胞の成長と死のサイクルの管理などだ。そのことを思えば、ミトコンドリアはあらゆるパワーを生み出し、通信をコントロールし、何が生きて何が死ぬか(それはいつか)を決めているようだ。

 この小さなバクテリアは、実際あなたの生体を牛耳っている。僕は自分の体が、何でも望みどおりになる1000兆のミトコンドリアをのせた巨大なペトリ皿に見えてきた。

 しかし、ミトコンドリアにはまださらに能力がある。自分の形や大きさを変えられるのだ。そして特定の種の細胞に特有のミトコンドリアの機能もある。たとえば、肝臓のミトコンドリアだけが、肝臓がタンパク質を分解したときに出る廃棄物、アンモニアを解毒する酵素をもっている。

 体のほかの部分も具体的な機能のために、ミトコンドリアが生成したATPを使っている。例として、心臓はそのエネルギーを使って血液を脳やその他の部分に送る。そして脳は、そのエネルギーを使って考え、学び、記憶し、決定を下す。

 もちろん、脳の膨大なミトコンドリアはATPの生成にたくさんの酸素を必要とするから、心臓のミトコンドリアが効率よくエネルギーを作らなければ、脳は体の他の部分より先にエネルギー不足に悩まされることになる。

 脳、心臓、網膜のように、文字どおりミトコンドリアがぎっしり詰まった細胞は、必要なのに使えるエネルギーが足りないときや、使うつもりだったエネルギーを無駄にしたとき、真っ先にリスクにさらされる。

 ニューロン(神経細胞)にエネルギーの問題がある場合には認知障害を起こしたり頭がぼんやりしたりする。心筋細胞(心臓の細胞)のミトコンドリアに欠陥があれば、心不全を起こしたり疲れたりする。筋細胞(筋肉の細胞)がエネルギーを作れないときは、線維筋痛症や慢性疲労症候群が見られる。腸細胞(腸の細胞)がエネルギー不全ならば、下痢や自己免疫疾患が見られる。枚挙にいとまがない。

 体内の重要なシステムのすべては機能するためにミトコンドリアに頼っている。もっと正確には、ミトコンドリアが体内の重要なシステムをすべてコントロールしている。

(本原稿は『HEAD STRONG シリコンバレー式頭がよくなる全技術』よりの抜粋です)

デイヴ・アスプリー(Dave Asprey)
IT起業家、マーケター、投資家、そして自分の心身を劇的に改造したバイオハッカー。シリコンバレー保健研究所会長。ウォートン・スクールでMBAを取得し、eコマース(電子商取引)を史上初めて行うなどシリコンバレーで成功するも肥満と体調不良に。その体験から、ITスキルを駆使して自らの体をバイオハック(=数値化&徹底分析)、世界トップクラスの医学博士、生化学者、栄養士等の膨大な数の研究を総合し、自己実験に100万ドルを投じて心身の能力を向上させる方法を研究。現在はブレットプルーフCEOを務める。自らもIQを20ポイント上げ、50キロ痩せたその画期的なアプローチは、ニューヨーク・タイムズ、フォーブス、CNN、LAタイムズ等、数多くのメディアで話題に。ウェブ界の最高権威、ウェビー賞を受賞したポッドキャスト「ブレットプルーフラジオ」は5000万ダウンロードの絶大な支持を誇る。著書『シリコンバレー式自分を変える最強の食事』(栗原百代訳、ダイヤモンド社)は世界的ベストセラー。

 

栗原百代(くりはら・ももよ):訳者
1962年東京生まれ。翻訳家。早稲田大学第一文学部哲学科卒業。東京学芸大学教育学修士課程修了。訳書に『相性のよしあしはフェロモンが決める』(草思社)、『レイチェル・ゾー・LA・スタイル・AtoZ』(メディアパル)、『啓蒙思想2.0』『反逆の神話』『資本主義が嫌いな人のための経済学』(NTT出版)、『しまった!』(講談社)など。