本稿がフォーカスする「人事」という観点からすると、丁薛祥と黄坤明、特に前者に関しては、プロトコル以上の“潜在性”を擁しているように思われるという点である。

 2人のバックグラウンドを簡単に整理しておきたい。

 丁薛祥は1962年生。今期政治局委員のなかでは胡春華・国務院副総理(1963年生)に次いで若い。優秀なテクノクラートを輩出することで有名な江蘇省の出身で(出身者に周恩来、江沢民、胡錦濤など)、中央入りする前そのキャリアのすべてを上海で積み上げてきた。

 転機となったのは2007年。3月に習近平が上海市書記に就任して間もなく同市副秘書長から同市常務委員会常務委員、秘書長に昇任した丁は習近平の政治秘書を務めるようになる。同年秋に開かれた第17回党大会で習近平は中央政治局乗務員入りし、上海を離れた。

 5年後、習近平が想定通り最高指導者に就任すると、丁は上海を離れ上京、中央弁公庁副主任兼国家主席弁公室主任に就任する。5年越しで習近平の政治秘書に返り咲いたというわけだ。国家主席弁公室主任という任務は、丁が政治局委員、そして中央弁公庁主任という極めて重要なポジションに就任した現在でも続いている(筆者注:前任は全国人民代表大会現委員長で序列3位の栗戦書、その前任は“落馬”し無期懲役の刑に問われた令計画。栗・令はいずれもその“親分”である習近平・胡錦濤に重用されていたとされるが、いずれも“国家主席弁公室主任”という“親分”の最も身近で仕える役職は与えられなかった)。丁薛祥は習近平を支える最大の“右腕”、そして“幕僚”の一人だと解釈できる。

 黄坤明は1956年生で福建省の出身である。1982年に福建師範大学を卒業した後、1999年までの17年間を福建省内の党幹部として過ごした(最後は同省龍岩市副書記、市長)。習近平は1985年から2002年までの17年間を福建省内の党高級幹部として過ごしている(最後は同省副書記、省長)。

 その後黄は浙江省に転任し、2007年からは浙江省常務委員会常務委員兼宣伝部長を、2010年からは同省の省都・杭州市の書記を務めるようになる。黄に遅れること3年(2002年)、習近平も浙江省へと転任し、同省のトップである書紀を歴任している。共に福建省と浙江省で長い時間を過ごし、キャリアを積み上げてきた習近平と黄坤明。2人がひとつ屋根の下で働いた時間や経験は限られていたとされるが、それでも習は黄を高く評価し、信頼していた。