大きく描かれる
日本をはじめ海外からの貢献

 中国の博物館で描かれる日本の姿というと、大日本帝国時代の抗日プロパガンダを思い描く人が多いだろう。もちろんこの博物館にも袁庚が日本軍と戦っていた様子の展示があるが、それをはるかに上回るスケールで特記されているのは日本企業ほか外資が深センの発展に何をしたかだ。もっとも大きなスペースを割かれている外資企業は香港で、日本の展示はその次ぐらいのサイズを占めている。

 たとえば三洋電機は1983年から、外資の中でもかなり早い時期に、大々的に深センに進出し、大きな工場を造った。台湾の鴻海精密工業もそうだ。三洋電機はその後商売が傾いたが、鴻海はここをベースに急成長した。

 そうした1980年代からの成長期の話だけでなく、21世紀になった現在には、深センのステータスが“研究開発センター”へと変わり、アップルやエアバスといったグローバル企業が深センにラボを置くことになった話も、この博物館では大きく取り上げられている。つまり、一貫して外資との交流と、そうした新しい外部からの知恵と一緒に成長してきた深センが描かれている。

三洋電機の工場
(左)三洋電機の工場からそろいの制服を着て、自転車で出てくる工員たちの展示。そろいの制服や自転車は当時の中国になかったもので、新しい潮流を持ってきてくれたという文脈の展示。(撮影:東京大学准教授 伊藤亜聖)/(右)任天堂のファミリーコンピュータ。カセットも任天堂のものという説明がついているが、アジアITライターの山谷剛史氏によると、「小覇王」というパチモノのようだ