AI、IoT、ビッグデータ、AR、VR……この数年、こうしたバズワードを入れたセミナーやカンファレンスは、スーツ姿のおじさんたちで連日満員らしい。しかし、新しいテクノロジーそのものが、あなたのビジネスを変えることはない。ディスラプター(破壊者)の歴史を振り返っても、勝者は常に「人間中心」思考であり、「課題解決」アプローチだからだ。それが、今の日本企業に決定的に欠けている。グーグル、ソフトバンク、ツイッター、LINEで「日本侵略」を担ってきた戦略統括者・葉村真樹氏の新刊『破壊――新旧激突時代を生き抜く生存戦略』から、内容の一部を特別公開する。落合陽一氏推薦!
ホンダも「人間中心」から生まれた
ディスラプター(破壊者)に共通するのは、すべて「人間を中心に考える」ということである。それは「デザイン・シンキング」のアプローチそのものだ。しかし、この思考法はなにもシリコンバレー企業の専売特許というわけではない。
第2回で見たような、共感→問題定義→創造→プロトタイプ→テストというデザイン・シンキングのプロセスそのものは、あくまで人間中心で問題点を見出し、問題を解決する手立てを講じるというデザイナーの暗黙知を形式知化した「手段」でしかない。
しかし、多くの問題解決を生むプロダクトというものは、そのようなプロセスを踏んで自然に生まれてきたものが多い。
例えば、ホンダの創業者である本田宗一郎は、第二次世界大戦の終戦直後は何も事業をせず、土地や株を売却した資金で合成酒を作ったり、製塩機を作って海水から塩を作って米と交換したりして生活費を稼いでいた。
しかしこの時期に、自転車で苦労して買い出しをしていた妻の姿と、たまたま目にした旧陸軍の6号無線機発電用の50ccエンジンが結びつき、「自転車にエンジンをつけたら買い出しが楽になる」と3~4昼夜ぶっ通しで、オートバイ研究を始める。
店の外には「本田技術研究所」の看板を出し、早速試作車を妻にテストしてもらう。その妻はこのときの出来事を、後年以下のように語っている。
「『こんなのができたから、お母さん、乗って走ってみろよ』、って1台家に持って来たんです。私が自転車を漕いで、食料の買い出しに行く苦労を見かねてあれをつくったなんて、あとでカッコいいことを言ってますけど、そんな気持ちも少しはあったかも知れません。だけどそれより、女でも扱えるかどうか知りたかったのが本音だわね。私はいわば実験台。人がいっぱいの表通りを走らされるんですから、1番きれいなモンペをはいて乗りましたよ」
まさに苦労している妻への共感から始まり、問題定義、創造、プロトタイプ、テストを一気に行ったのがホンダの始まりだったのである。