ゲノム研究により、がんの超早期発見や免疫療法に新たな展望が見えている。米国では多くの人が注目し、盛んに研究が行われているが、なぜか日本ではあまり注目されないまま。そこへ、日本に6年ぶりに戻ってきた「ゲノム解析のエース」が戦いを挑む。(ノンフィクションライター 窪田順生)

近未来のがん治療は
腫瘍ができる前に対処!?

世界では今、がんのゲノム研究が盛んに行われています米国では有名研究機関が競い合うように臨床試験を行っているのに、なぜか日本では注目されず。そんな不思議なことが起きているのは、日本医療界が持つ「壁」が元凶だ(写真はイメージです)

 いつものように出社すると、先日受けた健康診断の結果を渡された。封を開けるとそこには「大腸がん」という文字。目の前が真っ暗に…はならなかった。

 この「宣告」は採血された血液から大腸がんを引き起こす「がん遺伝子」が検出されたという「警告」に過ぎず、まだ体のどこにも腫瘍はできていないからだ。

 このような”がんの超早期発見”は適切な治療を受けることで、かなりの確率で発症を防ぐことができる。もし仮にがんになってしまっても、恐れることはない。がん細胞だけを見つけ出して攻撃する特別なリンパ球を増殖させるワクチンを打てばいいのである。

 子どもの頃、大腸がんで亡くなった父にもこんな検査や治療を受けさせてやりたかったな。そんなことを思いながら、診断結果の紙をブリーフケースにしまうと、いつものようにパソコンを開いてメールチェックをおこなった――。

 のっけからSFのような話をして恐縮だが、これは筆者の妄想などではない。そう遠くない未来、このような光景が「日常」になるかもしれないのだ。
 
 実現のカギは、「リキッドバイオプシー」と「ネオアンチゲン療法」だ。

 リキッドバイオプシーとは、わずか7cc程度の血液を採取して遺伝子を解析。その結果をAIが「がん遺伝子情報データベース」と照らし合わせ、異常か否かを判断するという最新検査で、既に米国では一部のがんで承認を受けている。

 今年2月に米ジョンズ・ホプキンス大学が発表したデータでは、卵巣がん、肝臓がんのステージI、ステージIIという、手術で治療できる段階のがんはほぼ100%の確率で検出し、胃がん、膵臓がん、食道がん、大腸がんに関しては、やや感度は落ちるものの、60~70%の割合で検出できたという。