「大変でしたね」と問うと「そりゃ、最初のときは辛かったさ。でも二度目のときは、大して気に留めなかったね。」とボイエさん。「たとえ手放しても、私が作った事実には変わりがない。持ち主が変わっても、建物はそこにある。俺がこれを作ったんだ、と人に言える。そういう仕事をしてきたつもりだ」

 ボイエさんは、面白おかしく、いろんなエピソードを話してくれる。軽快な口調も手伝って、なんだかこちらも愉快な気分になってくる。傍らでは、ノックさんが終始笑顔で、私たちに自慢のタイ料理をごちそうしてくれた。

「自分たちで道を切り開いて欲しい」と息子たちを追い出した

 明るいボイエさんが.唯一厳しい顔をしたのは、話が息子さんたちに向いたときだ。金融危機の後、店を手伝っていた二人の息子たちを、家から追い出したからだ。事業に二度失敗したことで、息子たちには自分たちの力で道を切り開いてほしいと思ったからだ。「金も資格もない」と弱腰だった息子たちに、彼は「そんなもの、後から付いてくる」と意に介さなかった。

「資格に縛られるのはよくないよ。せっかくよいアイデアがあっても、実現に踏み出せなくなる。資格は、クリエイティビティを阻害する」。彼は建築も調理もサービスも、全て素人だった。そんな彼が発する言葉には、実感がこもっている。事実、のちに二人の息子が立ち上げたヌードル・ステーションは、いまやレイキャビクでは知らない人がいないほどの繁盛ぶりだ。

アイデアが溢れて止まらない!というボイエさん

 ボイエさんは、今でもアイデアが溢れて困っているという。彼にとっては、ご都合主義の金融も、小さな国を度々襲う危機もさほどの脅威ではない。

 むしろ怖れているのは、資格や証明といった「形」だ。