高い境地を目指す「自己充足的予言」が心を強くする
人は自分が心に描く通りの人間になる。自己啓発系の本に頻出する考え方です。社会学に似た考えがあります。社会学者ロバート・K・マートンが提唱した「自己充足的予言」(self-fulfilling prophecy)です。
人には自分の未来に対する思い込み(予言)があり、それにそった行動をとる傾向があり、結果的に、自分の予言した通りの現実が目の前に現れてくることです。
「この仕事はきっとうまくいかないだろう」と思っていると、行動が消極的になり、チャンスをつかむタイミングを逸して、結果、失敗してしまうということは多くの人が経験しています。
そこでフランクルは、人間として高いレベルを目指すことを理想主義として排除するのではなく、自己充足的予言として受け入れることで、「運命の北風」に押し流されて堕落しない生き方を奨励するのです。
いい人ばかりじゃないから、いい人にならなくてもよい。誰もがそんな寂しいロジックに基づく生き方をしていたら、心の弱さが露呈して「最悪の形」が実現されてしまい、社会は荒廃していくでしょう。
いい人ばかりじゃないなら、むしろ、いい人になろう。そんな高みを目指す意志は、人生航路を「斜め飛行」することになり、「運命の北風」に流されない強い心を育てていくでしょう。
『「人間らしい」人間が少数派であることは事実かもしれない。しかし、私たちの一人一人が、その少数派の一員になろうと戦っていることもまた事実なのである』※2
フランクルのこの言葉は、人間の可能性を肯定的にとらえる考え方です。現実は不条理でひどい人間ばかりだという思い込みは、自分が生きるこの世界への信頼感を損なうことになり、心をひどく疲れやすくします。
ひどい人間もいるけれど、誰もが「最善の形」を心に眠らせているのも事実です。
「最善の形」が開花する可能性に目を向ける他者を信頼しようとする生き方が、私たちの心を強くしてくれます。この世界は良いことばかりではありませんが、決して、悪いことばかりではありません。
◇引用文献
※1-2『〈生きる意味〉を求めて』(V・E・フランクル[著]、諸富祥彦 [監訳] 上嶋洋一 松岡世利子[訳] 春秋社)