最も辛辣なのは信利の妹、京子(乙羽信子)のセリフです。離れて住んでいる京子は時々、信利の家に来ては、冷たいことや本音をズケズケと口にする役回りとなっており、「もう生きててもしょうがないわね」「人間、みんなああなって死ぬのかしらね。私は嫌だよ」と述べる場面があります。

 こうしたセリフや描写を見ると、『恍惚の人』は認知症の問題に初めて着目した点で画期的でしたが、認知症の高齢者に対する尊厳は余り感じられません。

特別なことだった認知症

 これは、当時の時代背景が影響しています。『恍惚の人』が製作された1973年当時、日本人の平均寿命は男性で70.70歳、女性で76.02歳ですし、総人口に占める65歳以上の高齢者も7.5%なので、認知症は「特別なこと」でした。

 その後、認知症を取り上げた映画が1980年代以降に増え始めます。例えば、介護保険を取り上げた第5回(「介護保険制度改正で政策迷走、30年前の映画を見れば原点が分かる」)で紹介した『花いちもんめ』、『人間の約束』が一例で、前者では千秋実、後者では三國連太郎が認知症の高齢者を好演しています。

 さらに、『恍惚の人』で無神経なことを言う役回りの乙羽信子が晩年に出演した1995年の映画『午後の遺言状』、同じく『恍惚の人』で認知症の高齢者を演じた森繁久彌が出演している1997年の映画『GOING WEST 西へ』でも、やはり認知症が一つのテーマになっています。

 しかし、『午後の遺言状』では認知症になった元女優が心中する設定になっていますし、『GOING WEST 西へ』でも認知症の高齢者(山村聰)は何も分からなくなった惨めな存在として描かれており、「認知症=人間として終わり」と考えられていた反映と言えそうです。

 さらに言えば、これらの映画は介護保険ができる前に作られており、行政(市町村)が必要性を判断した人しかサービスを受けられない状況だった分、不安の大きさが影響したのかもしれません。実際、『午後の遺言状』では「公立の老人ホームは夫婦では入れません。有料のホームは(注:入居費が)高うて私どもにはとてもとても」というセリフがあります。差別的なニュアンスを持つ「ぼけ」「痴呆症」などと呼ばれていた状態を改め、認知症と呼ばれ始めたのはわずか13年前に過ぎないことを考えれば、これは止むを得ないことでしょう。