不祥事が起きた背景が分析されず、その後も報じられない

 本来、公務員は志の高い誇らしい職業であるべきだ。しかしながら、1990年代の官官接待問題や、いわゆるノーパンしゃぶしゃぶ事件、2006年に発覚した社会保険庁の年金記録問題、近年の公文書の改ざん問題など、公務員自身が自らの首を絞め、その評価を貶めてきた歴史も残念ながら存在する。

 もちろん、この「不祥事」に対する公務員バッシングの全てを否定するつもりはない。税金を扱う以上、不正を働いた者は厳しく追及されて当然だろう。ただし、個別の不祥事が起きた際、ひたすら叩き続けるだけでは根本的な解決にはならない。その事象がなぜ起きてしまったのかを事実ベースかつ多角的な視点で構造的に捉え、今後はどのようなアクションが必要なのかという提言が求められる。

 しかしながら、昨今の文書改ざん問題に対しても、「再発防止のために、今後どうすべきか」という実務レベルでの提言は、ほとんど見ることがなかった。

340万人の公務員を一括りに「悪」や「無能」とするのは百害あって一利なし

 最も危惧すべきは「公務員全体=悪」とするバッシングの存在である。

 筆者はこの公務員全体を「悪」や「無能」とする風潮に関しては、百害あって一利なしだと断じたい。不祥事から報道が始まり、テレビのコメンテーターなどが「これだから公務員は…」というような発言を行う。まるで公務員全体が悪であるかのように短絡的な落としどころが設定されていく。

 そもそも、公務員は全国におおよそ340万人存在する。それを一括りにまとめて批判することなど、本来できるものではない。わかりやすいからといって、大雑把に公務員を断罪することで、行政組織の「採用力の低下」「モチベーションの低下」「実務負荷の増大」「民間人との断絶」など、大きなデメリットを生じさせている。

行き過ぎた公務員バッシングの成れの果て

 以前、ある週刊誌のウェブ版の記事では、匿名の公務員の証言をもとに、公務員がいかにダメかという流れで話が進んでいった。読者のメディアリテラシーが高まりつつあるが、過去のメディアによるバッシングがいまだに影響を及ぼし、「公務員=悪」と解釈される傾向は強い。