世界大恐慌は、金本位制がもとになってアメリカで発生し、金本位制によって他国にまで波及していった。そう結論づけていた。

 金本位制に固執した国では十分な金融緩和策がとれず、デフレが深刻化した。一方で、金本位制を放棄した国では思い切った金融緩和が可能となり、恐慌から早く抜け出すことができた。

 バーナンキ教授の実証研究で、金本位制から早く離脱した国ほど、世界大恐慌から早く抜け出していることがわかった。

 日本では、浜口内閣のあと第2次若槻礼次郎内閣を経て、犬養毅内閣が誕生した。高橋是清が蔵相に抜擢され、再び金の輸出を禁止し、国債の日銀引き受けによる積極財政政策にも踏み切る。

 高橋蔵相の決断で金本位制から離脱したことで、日本は昭和恐慌をなんとか鎮静化することができた。つまり、浜口首相と井上蔵相のコンビで断行した「金解禁」は恐慌への対応としては完全に誤りだったわけだ。

 バーナンキ論文を読了した時、新人研修の時に抱いた疑問がまるでうそのように解けていた。目の前がスーッと開けていくような、長い間、解けなかった数学の問題を解いた時のような体験だったことをいまもよく覚えている。

アベノミクスは
歴史の教訓をモデルにしたもの

 そんな体験もあり、筆者は金融政策に関心を持つようになった。とりわけ恐慌研究の権威であるバーナンキ教授の研究に強い興味を持ち、夢中で勉強した。教授が主宰する研究会に参加したり、個人的に彼に話を聞きに行ったりもした。

 教授は温和な紳士で、経済学部内でとても人望が厚かった。大学のカフェテリアで気さくに話をしてくれたりもした。初めて会って自己紹介した時、「君は高橋是清の親戚なのですか」と聞かれてとっさに「イエス」と答えてしまい、たいへんな誤解を招いたことがある。

 まだ英会話に慣れていなかったからだが、誰かが筆者のことを高橋是清の孫だと冗談で言ったらしい。教授はしばらくはそれを信じてしまっていた。彼は恐慌を研究しているから、高橋是清についてもよく知っていた。

 ちなみに、高橋是清は恐慌の研究者たちからはきわめて高い評価を受けていた。