サーモンの需要は世界的に増加しているにもかかわらず、海面養殖は限界に達しつつある。価格上昇で買い付け競争が激しくなっており、いずれは気軽に食べられなくなるのではないか。

 そこで、辻たちに提案してサーモンの養殖を試しにやってみた。その成果は予想以上だった。短期間で大きくておいしい、抜群の出来のサーモンに育った。

 十河は「一生を懸ける事業に巡り合えた」と思った。

 三井物産では14年夏、営業本部の枠を超えた事業を創出することを目的とする新規事業立案制度が始まっていた。十河は早速、サーモンの陸上養殖事業を提案した。

来春に1万匹を初出荷
将来はアジア展開へ

 しかし、社内の反応は必ずしも好意的なものではなかった。何しろ、サーモンの陸上養殖では前例のない取り組み。それを若手社員の十河と、水産事業の「門外漢」である辻たちで実現しようというのだ。水産事業に詳しい人ほど、それは荒唐無稽な計画に思え、社内では厳しい反対の声も上がった。

 また、FRDジャパンへの共同出資を依頼するため、幾つかの水産大手を訪れたが、どこからも色よい返事をもらえなかった。

 だが、経営企画部の社員や一部の役員などが、十河の提案を高く評価したこともあり、社内提案から約1年半後の17年3月、ようやくゴーサインが出た。三井物産がFRDジャパンに9億円を出資して80%の株主となり、同時に十河はCOOに就任した。

 とはいえ社員わずか7人のベンチャーだ。今夏に千葉県木更津市で操業を開始したプラントは、十河が付きっきりで管理し、深夜でも休日でも異常があれば飛んで行って対応する。

 同プラントの年間出荷量は30トン(約1万匹)。成魚が初出荷されるのは来年4月の予定だ。鮮度が高い上に輸入サーモンと同程度の価格とあって、外食や小売業界などからの関心も高く、初年度出荷分はすでに全量の販売先が決まった。

 さらに20年以降にはプラントを年間出荷量1500トンの規模へ拡張する。実現すれば、サーモンの大規模な陸上養殖では世界初の事業化事例となる。その後は、国内のみならず、アジアの各都市での陸上養殖にも乗り出す考えだ。誰もなし得なかった未知の分野への挑戦が始まった。(敬称略)

(「週刊ダイヤモンド」編集部 松本裕樹)

Photo by K.S.

【開発メモ】閉鎖循環式陸上養殖プラント
 千葉県木更津市で今夏に操業を開始したサーモンの陸上養殖プラント。建物の外側には人工海水をろ過するために数多くのパイプが張り巡らされており、養殖場には見えない。建物の中にある飼育水槽には大量の稚魚が泳いでいるが、水中には餌やふんなどの堆積物はなく、臭いもほとんどない。