もちろん、憲法学を専攻したAさんは、日本国憲法の「生存権」も生活保護制度も知っていたはずだ。住居を喪失する前に、生活困窮者自立支援制度の住宅支援給付金を利用すれば、最長9ヵ月という半端な期間ではあるが、「住」を支えられて生活を再建することもできたかもしれない。しかし、制度に助けを求めることなく、母校に放火して遺体で発見されることとなった。

 しかし、なぜAさんは必死で働いていながら、住宅を喪失することになったのだろうか。九大箱崎キャンパス近辺には、まだかつての貧乏学生向けの物件が数多く残っている。家賃相場は、ユニットバス付きワンルームで2~3万円程度だ。オーバードクターは、学部時代・大学院時代に住んでいた学生向け物件に、そのまま住み続けていることが多い。より良い住居へ転居することができない経済状況にあるからだ。

 結局、家賃が払えなくなり、住居を喪失した背景として考えられるのは、学生支援機構奨学金の返済だ。学部4年間・大学院修士課程2年間・博士課程3年間、借り入れを続けていたとすると、総額は少なくとも1000万円前後となる。大学に学籍があれば返済は猶予されるが、学籍を失うと返済しなくてはならない。

 2010年以後、博士課程院生としての学籍を失ったAさんは、不安定な非常勤講師業をかけ持ちしながら、奨学金を必死で返済していたのではないだろうか。1ヵ月あたり15万円の収入があっても、返済額が月あたり4万円とすれば、手元に残る金額は月あたり11万円となる。税や社会保険料を支払えば、福岡市の生活保護基準を「余裕」で下回り、生活保護を利用する資格があったことになる。

「貧困は人を殺す」
この事実を直視すべき

 Aさんの46年の生涯は、ほとんどわかっていない。しかし、九大法学部時代の生活、さらに1998年から12年にわたった大学院生時代を支えたものは、主にアルバイトと学生支援機構奨学金の借り入れだったと考えられる。

 大学院に進学すると、アルバイトはさらに困難になる。研究に時間とエネルギーを集中させたかったら、アルバイトをする時間はなくなる。大学院在学中の生活を支えるための経済的支援は、2000年以後、少しずつ整備されており、「研究で給料を受け取りながら大学院生活を送る」ということが可能な大学も増えてきた。