「脳の劣化」は20代からはじまっている

「そうじゃ。脳も細胞でできておる。そして、エイジング(老い)とは、細胞のセネッセンス(老化)だというのは前回説明したとおりじゃな。つまり、身体の老いが気になる人は、脳細胞でもテロメア短縮が進み、脳の老化がはじまっている可能性が高いんじゃよ!」
翌週の金曜、挨拶もそこそこにスコットの講義がはじまった。

“エターナル”に入所した私は、約束どおり、前回の講義から1週間後の金曜日である今日、スコットの部屋を訪れていた。彼は満足げな表情でまた日本茶を淹れると、猛烈な勢いで話しはじめた。

「私の脳もそのうち老いていくのね……」
「甘い甘い!」スコットはどこかうれしそうに首を振った。それにしてもこの老人、何度見てもユニークな風貌である。
「脳のいくつかの機能は20代でピークを迎えるというデータもあるんじゃ。20代後半から30代前半にかけて、記憶の能力だとか、未知の複雑な情報を処理する速度に陰りが出てくることもある(*1)。注意力、抑制力、問題解決能力、柔軟性などにおいては、脳の機能低下はかなり早い段階で観察されるんじゃ。
40代、いやその前からでも、ちょっとしたもの忘れの兆候が見られる人も少なくないし、大規模な追跡研究では、パターンや原理を読み取る知的能力も、40代から低下しはじめると言われておる(*2)」

*1 Fernandez, A., Goldberg, E., & Michelon, P. (2013). The SharpBrains guide to brain fitness: How to optimize brain health and performance at any age. Sharpbrains, Incorporated.(邦訳:山田雅久[訳]. 脳を最適化する―ブレインフィットネス完全ガイド. CCCメディアハウス)
*2 Singh-Manoux, A., Kivimaki, M., Glymour, M. M., Elbaz, A., Berr, C., Ebmeier, K. P., ... & Dugravot, A. (2012). Timing of onset of cognitive decline: results from Whitehall II prospective cohort study. BMJ, 344, d7622.

3人に1人が「脳の老化」で死ぬ時代

「正直、思い当たることはあるわ……」
私が答えると、スコットは大きくうなずいた。

「ミワぐらいの年齢でも、脳細胞のターンオーバー(入れ替わり)サイクルが低下したり、細胞内で炎症が起きたり、老廃物が溜まったりということは十分起こり得る。脳も身体も同じ細胞じゃからな。基本のメカニズムは同じなんじゃ」

スコットが指摘したとおり、私はこれまで「身体の老化」にばかりを目を奪われていた。しかしそれと同じくらい、いや、場合によってはそれ以上に大切なのが「脳の老化」なのだ。祖母の変化を目の当たりにしたいま、それをひしひしと感じる。