【PD‐1発見者】
本庶 佑・京都大学特別教授インタビュー
画期的な免疫薬の成功は
がんに対する無知が幸い

──PD‐1分子の発見と機能解明はノーベル賞級ともいわれています。画期的ながん免疫治療薬を生み出せた鍵は何でしょうか。

 私は免疫の専門家であり、がんの専門家ではありません。免疫の専門とがんの専門の間に「がん免疫」がある。がんの専門家は、がん免疫の世界の人たちが、効く効くと何十年も言い続けて研究費を得てきたのに、科学的に説得力のあるデータを出せてこなかったことに不信感を抱き、免疫に手を出さなかった。

 私は免疫の専門家として研究を続け、マウスでこれだけ効けば原理的に人にも効くはずだと考えました。

 一方で、がん免疫の研究者たちは、免疫のアクセルを踏むことを一生懸命やってきました。私たちはこの世界にも染まっていなかったから、免疫にかかったブレーキを外すという新しいアプローチを取れた。パーキングブレーキをかけたままでアクセルを踏んでも駄目だったんです。

 あまり物事を知り過ぎるとジャンプができない、ということなんでしょうね。

時間も金もない
アカデミアは今かなりの瀬戸際

──アカデミアのシーズが産業として実を結んだ好例です。日本の基礎研究はこれからも期待できますか。

 かなりの瀬戸際にあります。私たちの世代と、次の世代までは何とかやってこられましたが、今の40代以下は大変つらい状態。研究を続ける時間と金がもらえなくなっています。PD‐1は国から時間も金ももらえた時代の産物です。

 ライフサイエンスの分野は不発も多いが、当たればでかい。ギャンブルのようなものなので、最初からどの種が大木になるかなんて分からない。だから種はたくさんまいておかなければなりません。

 国は基礎研究に種はまいてくれます。でも5年単位のプロジェクトが多くなり、肥やしが不十分になった。10年くらいもらえれば、苗くらいにはなるかもしれないのに、その時間はもらいにくい。

──成果が出せる環境にないと?

 国はアベノミクスで医療イノベーションをうたい、アカデミアのシーズをなるべく早く企業につないで、日本発で新しい薬や医療機器を開発してGDP(国内総生産)を上げようとしています。そのことには反対しませんが、アカデミアがシーズを生まない限り、この戦略は成立しません。

 そのアカデミアの研究に対して、文部科学省的ではなく経済産業省的になっているのが残念。近視眼的過ぎます。

 成果は出るまでに時間がかかるもの。PD‐1だって花開くまでに20年以上かかりました。

 日本の企業もスリム化して絞るばかりで、企業内の研究の力がものすごく落ちている印象を受けます。今後、アカデミアに頼らざるを得ないでしょう。

 ただ、アカデミアから出たシーズで利益を得たときは、その一部をアカデミアにリターンしてほしい。ウィン・ウィンの関係を築けるサイクルができれば、アカデミアから次の新しいシーズも生まれてきます。

 そのモデルとなるように、PD‐1で得た利益で基金をつくりたい。若い研究者が研究に没頭できるように、雇用と研究費の提供という金銭的なサポートができないかと考えています。