超金融緩和がもたらすカネ余りを背景に、巨額の投資マネーが怪しげな企業に流れ込む。フェイクで強欲な奴らがバブル再来を謳歌する一方、貧困層は増大し、経済格差は広がるばかり。そのうえ忖度独裁国家と化したこの国では、大企業や権力者の不正にも捜査のメスが入らない──。
そんな日本のゆがんだ現状に鉄槌を下す、痛快経済エンターテインメント小説が誕生! その名も『特捜投資家』。特別にその本文の一部を公開します!

第3章 傲慢な投資家(4)

前回まで]謎の投資家・城隆一郎と元エリート兵頭圭吾について取材を進める有馬浩介は、全国紙時代の先輩記者である三浦から城に関する有力情報を得る。城と兵頭の関係が今はなき山三証券から始まったことを掴む有馬。しかしその一方で、自らが新聞社を辞めた理由を三浦に問い詰められる──。

 呆気なかった。喫茶店を出て、ダメモトで三浦が割った城の連絡先に電話を入れてみた。留守電に簡単な自己紹介と、取材の依頼を吹き込む。すると2分でコールバックがあった。

 あわててビルの陰に入り、スマホを耳に当てる。

「城だ」

 重厚なバリトンが鼓膜に響く。

「お忙しいなか、ありがとうございます」

 有馬は礼を述べながらも、とまどった。スムーズすぎやしないか? 偏屈で、人間嫌いの世捨て人だ。どこの馬の骨とも知れない元新聞記者の電話など、徹底して無視すると思ったが──。

「おれのことが知りたいのかな、ブンヤくん」

 ぐんと頭に血が上る。ブンヤくん、だと? もしかして。有馬はあえぐように問う。

「富子から聞いたんですか」

 トミコ? と怪訝そうな声が返る。そうか。有馬は言葉を継ぐ。

「椎名マリアです。自称、“スーパー起業ウーマン”の」

 二呼吸分の沈黙を置き、城は半笑いで言う。

「きみはユニークだ」

 有馬はスマホを握り締め、次の言葉を待つ。

「面会、OKだ」

 なんだと? あまりの急展開に思考がついていかない。

「ただし、いますぐだ」

 一方的に住所を告げ、通話を切ろうとする。頭が激しく混乱した。ちょっと待て。こっちにも都合というものが──。

「おれがルールだ」

 城はピシリと言う。

「本気でおれに会いたければ、いつでもどこでも、すべてを打ち捨てて駆けつけるはず。そういう人間以外、おれは興味がない」

「わかりました」

 有馬は腹をくくって言う。このチャンスを逃せば2度目はない。電話を叩っ切られて終わりだ。

「行きます」

 通話が切れる。有馬はスマホを見つめ、深いため息を漏らす。なんて男だ。強引で、わがままで、とびっきりの金持ちで。スマホをしまい、ボロの革靴を踏み出す。

  ***

 城隆一郎の自宅は港区南青山。根津美術館の裏手に建つチョコレート色の低層マンションだ。煉瓦塀と樹木に囲まれた、4階建て豪華マンション。慇懃なドアマンの誰何を受け、エントランスへ。大理石のカウンターで清楚な女性コンシェルジュに出迎えられる。広々とした玄関ホールの四隅に屈強な制服ガードマンの姿が。監視カメラも方々に設置されている。その数は10や20ではきかない。高級ホテルと刑務所を融合したような物件だ。

 緑滴るパティオの先でエレベーターに乗り込み、3階へ。バッハの宗教音楽が流れる明るい廊下を歩き、角部屋のインターホンを押す。鏡のようなスチールドアが自動で開き、中へ。

 城隆一郎は30畳はありそうなリビングにいた。高い天井とクリーム色の漆喰壁、大きく切った真鍮枠の窓ガラス、磨き上げたフローリングの床。孤高の主はこのぜいたくな空間の中央でアイボリーのソファに座り、黒檀のテーブルでノートパソコンを操作している。3日前のパーティとは一転、チノパンに春もののセーターというリラックスした格好だ。

 こうやって間近で接すると、その鍛え上げた身体に圧倒される。太い首と分厚い胸。セーターの上からでも容易にわかるたくましい肩と太い二の腕。ミドル級ボクサーのような肉体だ。おそらく、会員制の高級ジムで専任のトレーナーの指導のもと、効率的なトレーニングを積み、食事も最高の食材を使ったメニューを摂っているはず。

 翻って牛丼とコンビニ弁当、カップ麺が主食の、己のゆるんだ肉体が悲しくなる。これぞ格差社会の象徴、か。

「なにか飲むか」

 ノートパソコンをにらみながら城は放り投げるように言う。

「飲みたきゃ冷蔵庫にある」あごをしゃくる。

「ビールでも水でも勝手にやれ」

 オープンタイプの広々としたキッチンに大型冷蔵庫が据えられている。有馬は思わず凝視した。冷蔵庫のみ。あとはみごとになにもない。モデルハウスでも、もう少し気を遣うだろう。

 ない、と言えばリビングもそうだ。ソファと黒檀のテーブル、大型の液晶テレビ。城の手元にはスマホとクラッチバッグ。それだけ。

「ぼけっと突っ立ってないで、飲むなり座るなりしたらどうだ」

 城が軽い口調で言う。

「おれもそうヒマじゃないんでな」

 有馬はソファに座る。磨き込まれたガラス窓の向こう、根津美術館の切妻造りの瓦屋根と、壮麗な庭園が見える。城はパソコンを操作しながら言う。

「意外か?」

 なんのことかわからなかった。城は問う。

「おれの自宅兼仕事場としては意外か?」

 有馬は空咳を吐き、答える。

「あなたの特異なパーソナリティからすると、意外というか、ふさわしくないというか」

「どういうふうに」

 勝手な印象ですが、と断って有馬は語る。

「湾岸の高層タワーマンションのペントハウスで、壮麗な東京の夜景を眺め、万能の勝利感に浸りつつシャンパンでも飲みながら暮らしていると思っていました」

 城はほおをゆがめ、皮肉っぽい笑みを浮かべる。

「思考がシンプルなんだな。とても元読日記者とは思えない」

 むっとした。城はパソコンから視線をはずさず語る。

「おれの住居の選択基準はセキュリティ第一だ。この低層マンションは外から目立たず、訓練を積んだ屈強なガードマンが複数で24時間、警備に当たっている。住人の数も限られているから、不審者の侵入はまず不可能だ。しかも、やんごとなきお方が密かにお住まいでな。所轄警察署の巡回は頻繁だ」

 やんごとなきお方──都心の閑静な場所に建つ低層マンションには、驚くほど著名な重要人物が住む、と聞いたことがあるが、まさか。城は、よく聞け、とばかりに語る。

「ベイエリアに乱立する巨大なタワーマンションなど海の埋め立て地だ。どうしても地盤が脆弱になる。しかも岬の灯台みたいに目立つ資本主義のシンボルだ。いつなん時、テロの標的になってもおかしくない。恐ろしいことに住人は1000人単位だ。腹にダイナマイトを巻いたテロリストがまぎれ込んでもわからない。おれは嬉々として住む連中の無神経──いや、肝っ玉をつくづく尊敬するよ。おまえはどこに住んでいる?」

 突然振られ、西荻窪の賃貸アパート、と答えてしまう。

「賢明だな」

 パソコンを操作しながら微笑む。

「何ごとも分をわきまえることが大事だ」

 首から上が炙られたように熱くなる。

「ブンヤ、おれのなにを知りたい」

 キーボードを叩く音が神経をひっかくBGМとなって響く。こっちを見やがれ。

「椎名マリアとはその後、進展がありました?」

 キーボードの音が止まる。城はパソコンを閉じ、かたわらに置く。

「あの女は面白い。ペラペラしゃべってくれたよ。立て板に水の自己宣伝、セールストークに加え、潰しのきかない社会部出身の貧しいライターのことも含めてな」

 一重の鋭い目が有馬を射抜く。にらみ合う恰好になる。有馬はへその下に力を入れて言う。

「城さん、あなたは──」

 脳裡に浮かぶ光景がある。セレブパーティを退出する際だ。

「おれのこと、気づいていましたね」

(続く)