超金融緩和がもたらすカネ余りを背景に、巨額の投資マネーが怪しげな企業に流れ込む。フェイクで強欲な奴らがバブル再来を謳歌する一方、貧困層は増大し、経済格差は広がるばかり。そのうえ忖度独裁国家と化したこの国では、大企業や権力者の不正にも捜査のメスが入らない──。
そんな日本のゆがんだ現状に鉄槌を下す、痛快経済エンターテインメント小説が誕生! その名も『特捜投資家』。特別にその本文の一部を公開します!

一家離散の悲惨な過去をもつ凄腕の個人投資家は、「苛烈な営業で客を殺す」とされたあの証券会社で腕を磨いた

第3章 傲慢な投資家(2)

前回まで]凄腕投資家・城隆一郎と冴えない中年・兵頭圭吾に関する取材を始めた有馬浩介は、兵頭が20年前に倒産したある一流企業のエリート社員だった過去を探り当てる。一方、どれほど調べても城の過去は謎に満ちてつかめなかった。有馬はかつて所属した全国紙「読日新聞」の先輩記者・三浦明夫に協力を求めるが──。

「ところで」三浦は声を低める。

「おまえ、城隆一郎のことを本気で知りたいんだな」

「もちろん」即答する。

「じゃなきゃ先輩に頼みませんよ」

 三浦は5秒ほど思案し、口を開く。

「株とか投資で一発当てようって魂胆じゃないよな」

 一瞬、頭が空白になり、言葉の意味を咀嚼する。思わず噴き出しそうになった。はあ? おれが株? 投資? なんのこっちゃ。

「いるんだよ、一発当てようって大馬鹿野郎が」

 経済部デスクは表情を曇らせて語る。

「FXに短期トレード、ビットコイン。株や投資に血道を上げる連中からは儲かった話しか出てこない。マスコミも景気のいい話だけをピックアップして大々的に紹介する。だが、そんな成功例は100にひとつ。残りの99人は大損こいて泣きの涙なんだ。証券会社や投資会社のカモになり、身ぐるみはがされるバカは掃いて捨てるほどいる。ましておまえは──」

 同情の眼差しが痛い。

「いまはフリーで苦労している。蓄えは減るばかりだ」

 まるで見て来たかのように語る。

「謎のヴェールに包まれた伝説の個人投資家、城隆一郎の噂をどこかで小耳にはさみ、その投資術なり株取引術なりを学んで退職金をどかんと運用してやれ、と思ったんじゃないのか」

 退職金──。会社が勧める早期退職優遇制度に応募したため、割増金がついた。仮に仕事がなくとも、1年や2年は食える額だ。が、もう手元にはない。1円も残っていない。大事な家族と一緒に消えちまった。ちくしょう。カネなんかいるか。

「割増金はけっこうな額なんだろう」

 三浦は探るように言う。「昔ほどじゃないが」

 そう、10年前、初めて早期退職者を募った際は会社もまだ余裕があり、資料室の50歳窓際族が割増金と退職金合わせて1億円あまりのカネをゲットし、ホクホク顔で辞めていったとか。企業年金も合わせれば一生、余裕で食える額だ。

 あまりの大盤振る舞いに社内外から、非常識、リストラをやる意味がない、読日経営陣は世間知らずのバカ揃いか、プライドは一流でも会社経営は三流の無能者集団、と非難囂々だったが、それも今は昔。三浦は短気な後輩を諭すように語りかける。

「株や投資の鉄火場は、おまえのような単純で直情径行の男には絶対に無理だ」

「そんなこと、言われなくてもわかってます」

 そもそも興味がない。記者はネタを取ってナンボ、ヘタに欲を出すと筆が鈍る。

「賢明だ」三浦はほっとしたように言う。

「小遣い稼ぎ程度ならいいんだが、新聞記者は取材力、情報収集力に自信のあるやつが多いから始末が悪い。しかもやることは大雑把だ。株式市場担当の記者や業界筋から聞きかじった情報をもとに、イチかバチかの大勝負を仕掛け、轟沈。莫大な借金を抱えて首が回らない野郎なんてゴマンといる。おまえらアホか、と言いたいよ」

「おれも株で地獄に落ちた連中くらい知っています」

 セレブパーティで見たコカインジャンキーの元大手証券会社ディーラー。ヤクザの奴隷。

「株取引などカネをもらってもやりません」

「それを聞いて安心した」

 三浦はショルダーバッグからノートを取り出し、びっしりと書き込んだ文字を追いながら語る。

「城隆一郎、東京都出身。46歳」

 一気に本題に入る。これが現役の新聞記者だ。有馬は取材手帳を抜き出すやペンを走らせる。

「ガキの時分、一家離散の憂き目にあったらしく、親戚の家を転々として育っている。中学卒業後、アパートを借りて独立。都立高校をバイトをかけもちして卒業──」

 日本有数のマンモス私立大学、専都大学の二部(夜間部)に入学。肉体労働と奨学金で卒業した苦労人だという。有馬はメモをとりながら、鋼のごとき城の風貌を脳裡に描く。数百億の資金を動かす凄腕の個人投資家。あの男にどん底の辛酸をなめた過去があったとは。が、驚くのはまだ早かった。

「専都大学二部卒業後、山三証券に入社」

 山三証券──。頭の芯がしびれた。城と兵頭。両極端のふたりがぴたりと重なる。意外だろう、と三浦が続ける。

「城の入社は1993年だ。当時の山三証券は日本証券界の雄として圧倒的な存在感があった。新入社員も早慶クラスがメインの、いわゆる超難関企業だ。東大、一橋も珍しくない」

 有馬は固唾を呑んで聞き入る。

「専都大の夜間ではふつう、入社は不可能だ。しかし、城はのちに単身、アメリカへ渡り、世界最大の投資銀行『ゴールドリバー』でファンドマネージャーとして活躍した規格外の男だ。学生時代、自分で山三の人事担当役員にコネをつけ、特例で入社したって話だ。有馬、驚くことはないぞ。城ならそれくらいやるさ」

 いや、先輩、おれが驚いたのはそうではなくて──。

「苛烈な営業で“客を殺す”、と言われた、別名“南無三証券”だ。城は入社後、配属された新橋支店の個人営業セクションで断トツの成績を誇った。並の学生とは土台がちがうんだな。将来の役員も夢じゃなかった。もっとも──」

 三浦は唇をゆがめて冷笑する。

「4年後、山三は不正会計が発覚し、自主廃業してしまうわけだが」

 3000億近い簿外債務と負債総額3兆5000億円。100年以上続いた名門証券会社の恐るべき破綻劇を解説し始める。経済部の専門領域だけに話が長い。

 ちょっといいですか、と有馬は強引に割り込む。

「つかぬことを訊きますけど」

 慇懃に前置きして言う。

「兵頭圭吾って知ってます?」

(続く)