6年前、愛しい息子を自殺で失い、今は震災で家族を亡くした遺族たちを支えようとする遺族がいる。亡き息子への思いを秘めて、今被災地を動き回る。そんな女性に取材を試みた。


「卑怯者」と言われても、
息子には津波から逃げて欲しかった

「藍(あい)の会」代表の田中幸子さん。事務所は、仙台市の中心部のビルの一室にある。被災遺族などのために、「つむぎの会」を立ち上げた。

「わかるんですよ。遺族の思いが……。以前、私が長男の死に苦しみ抜いたから。息子の嫁に、殺したいほどの憎しみを持ったこともあります。包丁をといだこともある(苦笑)。だけど、そこからは何も生まれない。自分と向かい合っていないから……」

 仙台市を拠点に、自死遺族の集いを催す「藍(あい)の会」代表の田中幸子さんは、淡々と話す。6年前、警察官だった長男が自ら死を遂げた。結婚し、子ども(田中さんの孫)もいた。

 一時は、後を追いたいと思った。自殺未遂を2度繰り返した。様々な偏見で苦しむこともあった。「自死ということで、役所などからも蔑まれることがあった。それは、息子を否定することにもなる。母親として、引き下がることができなかった」

 これらの経験をきっかけに会を立ち上げ、自らの年金や講演料などを運営資金にし、全国数千人の自死遺族と接してきた。昨年3月の震災発生以降は、知人などから「震災遺族のために、こうした会を設けることができないか」などと頼まれるようになった。

 当初、ためらうものがあった。仙台市内に夫、息子(次男)と3人で暮らしてはいるが、震災の被害はほとんど受けていない。それだけに、「遺族への関わり方が一部の支援者のような、上から目線になるように思った」と打ち明ける。

 その頃、石巻市に住む遺族から電話をもらった。震災で警察官の息子を亡くした、50代の母親だった。

「卑怯者と言われても、息子には津波から逃げて欲しかった。『お母さんが守ってあげるから』と言ってやりたかった」