私たちは自由に思考していると考えているが、実際のところ、見えない圧力に強く影響を受けている。「お前はうちの空気が読めてないだろ!」。上司が部下に発するこの一言からは、言論の自由はタテマエで、実際には「空気」という抵抗できない強い圧力があることがわかる。では「空気」とは何か。同調圧力とは? 15万部のベストセラー『「超」入門 失敗の本質』の著者・鈴木博毅氏が、40年読み継がれる日本人論の決定版、山本七平氏の『「空気」の研究』をわかりやすく読み解く新刊『「超」入門 空気の研究』から、内容の一部を特別公開する。
なぜ日本には言論の自由がないのか
合理的な思考を締め出す見えない圧力
私たち日本人が、「空気」という言葉で連想する一番のイメージは、窮屈さでしょう。
空気を読め、とはよく言われます。
『「空気」の研究』は、山本七平氏と雑誌記者との道徳教育の議論から始まります。
山本氏が、「日本の道徳は差別の道徳である、という現実の説明からはじめればよい」と記者に伝えたところ、記者は驚愕して、とてもそんなことは書けないと反論します。
山本氏は現実の事例を挙げた上で、次のように切り返します。
「どうしてですか、言論は自由でしょ」
「いや、そう言われても、第一うちの編集部は、そんな話を持ち出せる空気じゃありません(*1)」
日本では、言論の自由はタテマエで、実際には「空気」という規制があることがわかります。空気は、その一線をはみ出てはいけない境界線として意識されているのです。
日本人は空気の圧力に抵抗できない
『「空気」の研究』を読むと、「合理的な思考をゆがめる強力な力」が空気にあることもわかります。空気が悪影響を及ぼすところでは、公平な意見は遮られ、合理性を基にした判断も差し挟む余地がなくなります。
(空気は)非常に強固でほぼ絶対的な支配力をもつ「判断の基準」であり、それに抵
抗する者を異端として、「抗空気罪」で社会的に葬るほどの力をもつ(*2)
空気の支配は「この考え方に従え」「これを疑うな」「この前提をそのままのみ込め」といった強固な圧力を生み出し、日本人を抑圧します。
恐るべきことに、山本氏が「われわれはそれに抵抗できない(*3)」とまで指摘するほど、意思決定や判断に強烈な圧力をかけてくるのです。
この「前提」からはみ出すことを一切許さない
一つだけはっきりしていることは、「空気」がある種の前提をつくり、そこからはみ出した意見や結論を、一切許さない圧力であることです。
山本氏が「日本の道徳は差別の道徳である」と記者に指摘したときの状況を考えてみましょう。雑誌記者は山本氏が挙げた例は認めたものの、過激で批判が予見される記事は、うちの編集部では持ち出せない“前提”があると語っていると想定できます。
「空気」=ある種の前提
大抵の場合、「空気=ある種の前提」はやわらかな提案などではありません。この境界線からはみ出すなという、強い圧力が込められた存在です。
先の教育雑誌の記者の編集部で、もし若手の記者が過激な記事を編集長に提案したなら、恐らく「お前はうちの空気が読めてないだろ!」と怒られるはずです。
これは次のように言い換えることができます。
「お前はうちの空気が読めてないだろ!」
「お前はうちの前提が読めてないだろ!」
例えば、ある会社で、顧客の接待に新人社員を同席させたとします。その新人が、顧客との会食中にビジネスとまったく関係ない話をし始めたり、顧客の関心を無視して相手を楽しませない流れをつくった場合、上司はどう感じるでしょうか。
「この新人は、空気が読めてない」(上司は心の中で怒りながら)
これは、新人が「この会食が顧客を楽しませる場という前提」を理解していないことを意味します。空気を読め、とは前提を理解しろ、と解釈できるのです。
*1山本七平 『「空気」の研究』(文春文庫) P.14
*2 『「空気」の研究』 P.22
*3 『「空気」の研究』 P.31