なぜ空気が日本の問題解決力を破壊するのか
では、この空気(前提)の悪用は、どんな点が問題なのでしょうか。
空気=ある種の前提の押し付けによる最大の弊害は、現実の本当の姿を隠すことです。それにより、現実にある別の可能性を大衆や共同体に探求させない“洗脳”さえ可能になります。
戦艦大和が特攻しないことで、非難を受けるのは主に海軍の上層部です。敗戦まで虎の子の最強戦艦を温存していた判断の責任は、一兵卒にはないからです。
米軍による拿捕を嫌うなら、自軍で撃沈すれば3000人の乗組員は死なずに済みました。空気から自由ならば、「あらゆる可能性」「他の選択」も健全に検討できるのです。
ある種の前提で、思考の方向をコントロールし、都合の悪い発想を禁じてしまう。例えば、企業がリコールの可能性がある不具合に、次のような前提を付けたらどうなるか。
「これは特殊な使い方をした人だけに発生する故障です」
目の前の故障が大規模リコールの前兆である可能性を、企業は検討しなくなります。消費者に前提を浸透させるなら、故障をリコールと疑わせない効果もあるでしょう。言葉の前提で、現実の本当の姿を隠蔽する、前提とは別の可能性を検討させない。これは虚構化への圧力であり、現実の把握を妨げて都合よく誘導するための詐術なのです。
前提を前に現実を無視する集団は、狂っているのか
空気を悪用する目的が、誘導的な前提を掲げて、現実を都合よく隠蔽することなら、空気を打破する基本は、人工的な前提を疑い、隠された現実を表出化させることです。
前提を前に現実を無視する集団は、客観的な視点からは狂っているように見えます。現実があらゆる反証を示しても、自らの前提を決して変えようとしないのですから。
約80年前、国家の破滅と敗北がほぼ間違いないアメリカとの戦争に日本は突入しました。空気という名の前提で、戦争は避けられないという思考を国民全員が押し付けられた結果の、この国の悲劇と考えることができます。
今、日本人は空気と対峙して、その正体を見抜き、打破すべきときを迎えています。もし私たちが今、空気を打破する方法を明確にしなければ、山本氏が指摘するように「次に日本を滅ぼすのも空気」となってしまうからです。
*8 鴻上尚史『不死身の特攻兵』(講談社現代新書) P.109
*9 『不死身の特攻兵』 P.113~114、126
(この原稿は書籍『「超」入門 空気の研究』から一部を抜粋・加筆して掲載しています)