白川方明著(東洋経済新報社/4500円)
評者の近年の関心事の一つは、政府と中央銀行との関係である。1990年代以降、私たちは“決める政治”を目指し、選挙制度や執政制度を大きく変えてきた。
その結果、官邸主導に移行したが、自立性や専門性の発揮が期待される金融政策にも強い政治圧力が加わるようになった。民意からの乖離は許されないが、財政ファイナンスを避けるべく、政治から遮断するための歴史の知恵が独立した中央銀行制度だったはずだ。
成功の可能性が低く、失敗した場合に大きな弊害のリスクがある金融政策の実験に懸けてみようと選挙を通じて決まった場合、中央銀行はどう対応すべきなのか。
本書は、長く日本銀行の中枢で政策に関わり、2013年3月までの5年間、総裁を務めた白川方明氏が語る中央銀行論だ。国際金融危機が続く中で、2度の政権交代と東日本大震災にも遭遇した。
白川氏は、日銀きっての理論家として知られたが、主流派経済学の限界も常に意識していた。金利がゼロになっても、量を増やせばインフレが醸成されるというリフレ派の主張には強く反論した。厄介だったのは、中央銀行が約束すればインフレ予想の醸成が可能という「期待派」が主流派経済学に位置したことだったと振り返る。
読みどころは、13年1月の政府との共同声明の作成だ。安倍晋三政権の要求通り、2%物価目標の設置を受け入れたが、早期達成を約束すると、大規模な金融緩和を余儀なくされる。効果は乏しいが、大量の国債購入を続けると財政支配に陥りかねない。目標が達成できず、政策が長期化すれば、利鞘の縮小する金融機関を苦しめ、金融システムの安定も損なわれる。
ギリギリの攻防が続くが、金融政策の有効性を回復させるには政府の成長戦略で潜在成長率を回復させる必要性があることや、財政健全化の推進が不可欠であることを何とか声明に盛り込む──。
退任後の政策には、一切触れていない。後任の黒田東彦総裁の下、2年で2%のインフレを目指して大規模緩和が開始されたが、未(いま)だ目標には遠く、緩和の長期化で金融機関経営への悪影響も強く懸念され始めた。財政膨張は続き、成長戦略は進まず、潜在成長率も低迷したままだ。せめて、共同声明の精神に回帰すべきではないか。
官邸主導の政治は重要だが、望ましい成果を国民が享受するには、日銀など独立機関の専門性や自立性を重用する必要があるだろう。
ますます近視眼的になる社会において、委員会制による熟議を可能とする中央銀行制度を、私たちはもっと大切にすべきである。
(選・評/BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎)