11月末、女優の中谷美紀さんがドイツ出身の音楽家ティロ・フェヒナー氏との結婚を発表されました。ご主人のフェヒナー氏は、ウィーン国立歌劇場管弦楽団とウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のヴィオラ奏者です。ウィーン・フィルは、ベルリン・フィルと並ぶ世界の二大オーケストラといわれ、日本でも非常に人気があります。この機会に、ウィーン・フィルと国立歌劇場の違いやそれぞれの歴史について、書籍『ビジネスに効く世界の教養 クラシック音楽全史』の著者・松田亜有子さんに聞きました。

 ウィーン・フィルと言えば、ニューイヤーコンサートが毎年世界中に中継されていますので、耳にされたことがある方も多いのではないでしょうか。

 中谷美紀さんのご主人、フェヒナー氏がヴィオラ奏者を務めているという「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」と「ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団」は一体どう違うのか、おそらく迷われる方もいらっしゃるでしょう。この機会に簡単にご説明いたしましょう。

 ウィーン国立歌劇場は、19世紀中期に皇帝フランツ・ヨーゼフ1世がウィーンの都市計画の一環として建てた宮廷歌劇場を前身とします。その専属オーケストラが、ウィーン国立歌劇場管弦楽団です。国立ですから楽団員は国家公務員であり、待遇も非常に恵まれています。

 ウィーン国立歌劇場はウィーンの観光名所のひとつですから、一度もオペラを鑑賞したことがない方でも、旅行でウィーンを訪れた際に、この歌劇場でオペラを鑑賞する方は大変多いようです。2002年に、小澤征爾さんがこのウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任し非常に話題になりましたね。ちなみに、小澤さんは日本人指揮者として初めて、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートを指揮されました。

ウィーン・フィルの本拠地である楽友協会ウィーン・フィルの本拠地である楽友協会

 このウィーン国立歌劇場管弦楽団のうち、選抜メンバーらによって自主的に運営されているのが「ウィーン・フィル」です。国立歌劇場から徒歩数分のところに位置する楽友協会に、本拠地を置いています。かつてウィーン・フィルには、ウィーン出身の男性のみという団員の条件があったそうですが、現在では多国籍で女性団員もおり、民主化が進んでいます。自主運営団体として、定期演奏会のプログラムや指揮者もすべて、団員が決定しているのが特徴です。ライブやCDなどの収入で運営されています。

 この国立歌劇場管弦楽団とウィーン・フィルでは、いずれも昔からの楽譜が大事に使われていて、ジュゼッペ・ヴェルディ(1813-1901年)などの著名な作曲家が自作を指揮したときの日付や、直伝の注意書きが今も残されています。また、セクションによっては、カリカチュア(風刺、漫画)的な落書きや、演奏者の名前や日付も書き込まれていて、貴重な文化遺産といえる資料がたくさん残っているそうです。

 ウィーン・フィルについて私自身が驚いたのは、とにかくスケジュールがハードなこと! 彼らの行動予定表を見せてもらったことがあるのですが、午前中は国立歌劇場のプレミエ公演かウィーン・フィルのツアー・リハーサル、昼からはウィーン・フィルとしてのリハーサル、夜は国立歌劇場の公演……と国立歌劇場と楽友協会との間を1日の間に何度も行き来する忙しさです。

 「レパートリー・システム」と呼ばれる公演形態をとり、日替わりで年間数十の演目を演奏するため、新入団員が入った際はリハーサルなしで毎晩初めてのオペラを弾くことになります。そうした負荷の高い環境に投げ込まれて、実地訓練で育成していく仕組みなのです。音楽的な技能はもちろん、精神力が相当高くなければ、団員として務まらない厳しい環境と言えるでしょう。音楽への深い情熱と愛情、そしてウィーン・フィルのメンバーとしての誇りを支えに活躍されている印象です。しかも、本業以外に、作曲をしたり、教授職を務めたりするほか、プロ級の画を描いたり、医学を勉強したり……と多彩な才能をもった人が多いと聞いています。

 日本公演では国立歌劇場での仕事がないぶん、団員たちは夜のコンサートに集中できるため、現地より恵まれた環境でもあるようです。一部には日本公演は手抜きだと批判する方もいるようですが、私が聴く限り、その批判はまったく当たりません。ちなみに、現在ウィーン・フィルのチェアマンを務めるフロシャウワーさんは、紀伊国屋のエコバッグを愛用されていて、楽友協会の事務局に通う際も使われているんですよ(先日、サントリーホール前でも、やはり同じバッグをお持ちでした!)。そのぐらい日本に親近感をおもちなのではないか……と私は思っています。また、1971~2016年にウィーン・フィルのコンサートマスターだったライナー・キュッヒルさんは奥さまが日本人であり、2017年4月にNHK交響楽団のゲスト・コンサートマスターに就任されるなど、なにかと日本とも縁がある団員が多くいらっしゃる印象です。

 中谷さんと結婚されたフェヒナーさんは、そのハンサムさも話題になっていましたが、ファッションセンスも素晴らしいようです。2016年にウィーン・フィルがヴィヴィアン・ウェストウッドのデザインによる新衣装を導入した際の、企画責任者でした。
 次のウィーン・フィルの来日公演は、今回の慶事でいっそう注目が高まりそうですね。