テニスは女子の「WTAファイナルズ」が10月下旬に、男子の「ATPファイナルズ」が11月中旬に行われたが、女子は大阪なおみが初出場、男子は錦織圭が4度目の出場を果たした。ともにグループリーグ(テニスではラウンドロビンという)で敗退したが、錦織は世界ランク3位のロジャー・フェデラー(スイス)を破る健闘を見せたし、大阪も初のファイナルズ出場はいい経験になったはずだ。

年間世界王者を決める
「ファイナル」大会の歴史

 ファイナルと名がつくのは年間王者を決めるという位置づけの大会で、出場が許されるのは各競技の世界統括団体が指定するそのシーズンの国際競技大会の合計ポイント上位者だけだ。強豪がひしめく中、コンスタントに好成績を収め、ポイントを稼ぐ必要がある。しかも出場枠は少ない。テニスとバドミントンはシングルス、ダブルスとも8枠。卓球はシングルスが16枠でダブルスが8枠。フィギュアスケートはたったの6枠だ。出場するだけでも大変なのだ。

 それほど重要な大会にもかかわらず日本ではフィギュアのグランプリファイナル以外、あまり注目されてこなかった。それは日本選手が厚い壁に阻まれて出場できなかったり、出場したとしても好成績を収められなかったからだろう。

 だが、今は違う。卓球でもバドミントンでも、そしてテニスでも日本選手が出場し、それだけでなく優勝を狙い年間王者の称号を手にする者も現れるようになったわけだ。

 この形式の大会を最も早く開催したのは男子テニスで1970年から。女子テニスは2年後の1972年から始まった。プロテニスで最も重要な大会はいうまでもなく4大大会だ。それに比べるとファイナルズは歴史も浅く、当初は注目度も低かった。が、大会を重ねるごとに4大大会覇者も含めた年間ポイントランキング上位者がシーズンの最後に雌雄を決するという形態が注目を集めるようになり、現在では4大大会の次に重要な大会という位置づけになっている。

 日本選手として初めてファイナルズに出場したのは女子シングルスの伊達公子氏。1994年に初出場を果たし、1996年まで3年連続で出場している。日本人ファイナル出場第2号は2003年の杉山愛氏で、この年杉山氏はダブルスにも出場。ベルギーのキム・クライシュテルスと組んで準優勝する快挙を成し遂げている(杉山氏は2007年にも準優勝)。今年の大坂なおみの出場はシングルスとしては杉山氏以来15年ぶりとなった。

 男子の方は年間ポイントでベスト8に入ることなど夢のまた夢と思われていたが2014年、錦織がついに夢を現実のものとし出場を果たす。これは日本を超えてアジア人初のファイナル出場として称賛された。しかもこの時、錦織はラウンドロビンを勝ち抜き、ベスト4になったのだから立派だ。