セレッソ大阪・森島寛晃
セレッソ大阪の社長に就任した「ミスターセレッソ」こと、森島寛晃氏 Photo by Naoto Fujie

Jリーグに異色の経営トップが誕生した。今月21日付けでセレッソ大阪の代表取締役社長に就任したのは日本代表として長く活躍し、ワールドカップのヒノキ舞台でゴールも決めたOBの森島寛晃氏。現役時代は「日本で一番腰の低いJリーガー」と呼ばれ、謙虚で飾らない人柄と相まって誰からも愛された初代ミスターセレッソは、なぜ経営者として白羽の矢を立てられたのか。セレッソひと筋に情熱のすべてを捧げてきた半生を振り返れば、青天の霹靂にも映る舞台裏が見えてくる。(ノンフィクションライター 藤江直人)

コンサドーレ札幌・野々村社長は
静岡でしのぎを削った同い年の同志

 誰よりもセレッソ大阪を愛しているがゆえに、気がつくとスマートフォンを握っていた。次期代表取締役社長への就任が内定していた森島寛晃は師走に入って、同じ1972年生まれで誕生日も8日違いの、北海道コンサドーレ札幌の野々村芳和代表取締役社長へおもむろに電話を入れている。

 森島が東海大一高なら、野々村は清水東高の出身。サッカー王国静岡でしのぎを削り合い、前者は1991年にセレッソの前身ヤンマーディーゼルサッカー部へ、後者は慶應義塾大学を経て1995年にジェフユナイテッド市原へ加入。プロの舞台でもライバルとして意識し合ってきた。

 コンサドーレでプレーした2001年を最後に引退した野々村は、2013年3月に現職へ就任。解説者として人気を博していた最中の転身に誰もが驚かされたが、今やコンサドーレは北海道の広大な土地に眠る潜在能力を掘り起こし、営業収益で右肩上がりの軌跡を描いている。

 連動するようにチームも年々強化され、今シーズンはJ1で歴代最高位となる4位に躍進。船頭を担う旧友の眩しい背中へ畏敬の念を抱いてきたからか。周囲から「大丈夫か」と心配されながらも、大役を拝命する覚悟を決めた森島は、まず野々村へ電話を入れたのだろう。

「野々村社長とは東京でも一度お会いする機会があって。これからいろいろと勉強させてください、と伝えました。さまざまな話をする中で『分からないこともあるだろうけど、やれることもたくさんある』と言われました。いろいろな方の意見も聞きながらしっかり判断して、チームをいい方向に導きたい」