「いかに少ない努力で効率よく高いアウトプットを出せるか」。
これは、古今東西のビジネス書籍の王道テーマであり、現代のビジネスパーソンの至上命題であるといっても過言ではないでしょう。
しかし、誰もがそれを追求している時代であるからこそ、「そうではない働き方」が、他を圧倒するアウトプットへの近道になります。
本記事では、「どハマり度No.1バラエティ」『家、ついて行ってイイですか?』仕掛け人、テレビ東京制作局ディレクターの高橋弘樹氏が、発売即増刷し、「異色すぎるビジネス書」として話題の新刊『1秒でつかむ』の内容をベースに「他を圧倒するコンテンツを作るために必要なこと」をお伝えします(構成:編集部/今野良介)。
あなたが宮崎駿でないのなら
「良いもの」を作る確実な近道は、人の「1.5倍だけ」頑張ることです。
「そんなめんどくさいことやってられっか! 日々の仕事だけで忙しいのに、1.5倍もやれるわけねーだろ! バカ!」
そう思うかもしれませんが、これが何よりの近道だと思います。
世の中には、いかに「少ない努力で効率よく高いアウトプットを出せるか」を誇り、それをもてはやす空気があります。
しかし、それができるのは、次の3つのうちのどれかに当てはまる人だけです。
[1]そいつが天才である
[2]そいつが誰かの才能を搾取している
[3]そいつが作り手でなく「マネージャー」である
[1]そいつが天才である
順番にいきましょう。
たしかに、世の中には「天才」と呼ばれる人がいて、そういった人たちは少ない労力でとんでもないアウトプットを出せるのかもしれません。
しかし、大切なことを2つだけ言わせてください。
・天才なんて、世の中にほとんどいません。
・天才のことは真似できません。
ですから、天才のことを考えるのは無駄です。天才の方法論を参考にするのも無駄です。
テレビ業界のまわりには、「タレント」と呼ばれる人がいます。タレントとは、「才能」という意味です。しかし、タレントの中でさえ、「天才」はめったにいません。売れるタレントは、それなりの努力をしています。
ぼくはあまりタレント付き合いをしませんが、『文豪の食彩』というドラマを企画・監督した際に、主演の勝村政信さんと1回だけ食事をご一緒したことがあります。そしたら、食事中ずっと、演技論をかましてきました。「ソ連の演技がどうだ」とか、「動物の形態模写がこうだ」とか。1軒目も2軒目も、ずっとそんな話をしてた気がします。
吉木りささんもそうです。グラビアアイドルの吉木りささんに、主観映像でただひたすら怒られるだけの『吉木りさに怒られたい』という番組は、1カットが非常に長く、セリフを覚えるのがめちゃくちゃ大変だったはずです。
しかし彼女は、夜中まで別の仕事をして、その後早朝から我々の番組のロケという際、わずか2~3時間ほどしかなく、テレ東の楽屋で仮眠をとるくらいの時間しかなかったにもかかわらず、台本を読み込み、ほぼ完璧に頭に入れてきました。
世間で「グラビアアイドル」といえば、チャラい飲み会ばかりしてプロデューサーに媚びを売ってるイメージかもしれません。しかし実態は、およそそのイメージとは真逆です。
売れてる人ほどストイック、が原則です。
また、大スベりしたために、ぼくの中では黒歴史ですが、『速報!明日したいことランキング』という番組を作った際、当時すでに大ブレイクしていた有吉弘行さんにMCをお願いしました。マネージャーさんから「台本を読んでイメージを作るだろうから、かなり早めに楽屋に入ると思う」と伝えられました。
大忙しでレギュラーを何本も抱えていた有吉さんが、テレ東ごときの、しかも深夜番組のために、まさかそんなに早く来るわけないだろうとタカをくくっていたら、本当に打ち合わせの数十分前に楽屋に来ました。マネージャーさん曰く、「それがいつものスタイル」なのだそうです。
俳優でもグラビアアイドルでも芸人さんでも、「タレント」=「才能」と呼ばれて仕事をしている人たちでさえ、常人の何倍も時間がない中で、必死に努力する姿を目の当たりにしてきたテレビ人生でした。
ましてや、作り手として、自分はサラリーマンです。サラリーマン世界に天才などほぼ皆無です。少なくともテレビ東京には、天才と思しき人はひとりもいません。他局でヒット番組を手がけている同年代や少し上の世代の演出家の方とお話をしたことも何回かありますが、売れっ子の演出家の方ほど、尋常ではないほどのハードワーカーです。
映像作りの世界で、おそらく、もっとも天才であるといって間違いないと思われるあの宮崎駿でさえ、1作品につき絵コンテを自ら1000枚以上も書き上げ、10万枚以上にのぼる絵の動きをチェックして、時に自ら直し、作品を作り終えるごとに自律神経が乱れてしょうがないと述べています。1つの仕事が終わるたびに本心から「引退宣言」するほど、血反吐を吐くまで頑張っているのです。
天才・宮崎駿がそうなのだから、凡人たる我々が「おもしろいもの」を作ろうとしたら、とりあえず、幾ばくかは努力しないとダメなのだと思います。
これはテレビ業界だけに限ったことではありません。およそサラリーマンとしての競争相手の中に、天才なんていう人種はめったに登場しないと思って間違いありません。
だから、天才のことなんて一切考えなくていいんです。
[2]そいつが誰かの才能を搾取している
それでも、あたかも「魔法の近道」があるかのような言説が存在するのは、この理由です。これは、「人に任せる技術」といってもいいでしょう。決して悪いことではありません。
いかに手元に多くの「努力する才能がありながら権利を主張しない人材」を集めて、チームの成績を上げるか。これは、いやらしい言い方ですが、出世の技術としてもっとも大切なことです。
なので、出世が目的だという人には、有効です。事実、世の中には、「人に任せる」をテーマにした自己啓発書があふれています。
しかし、「見たことのないおもしろいもの」を作る方法を模索することと、「人に任せる」ことは、まったく異なる逆のベクトルといえます。
ぼくはお金も大好きです。できれば、金、欲しいです。しかしあくまでお金は、おもしろいものを作った結果の対価としてついてくればいいや、というくらいの考えです。「金」を消費して得られる快感より、「おもしろいもの作った!」と思える時の快感のほうが大きいからです。
この記事を読んでくださっている方も、どちらかというと、そういう方たちなのではないでしょうか。「金」は欲しいけど、それはさておき、とりあえず「おもしろいもの」を作り出して、仕事をもっと楽しみたいと。資本主義社会の中での、おそらくもっとも幸福な落伍者たらんとしている方が多いのではないでしょうか。
[3]そいつが作り手でなく「マネージャー」である
これは、2つ目ほど悪意はない、純粋な「マネジメント論」です。というか、出世論とは別物ですが、ある程度の年次になれば、現場から離れて管理者となるのは、組織の中で避けられない場合が多いでしょう。映像の世界でも、「プロデューサー」という仕事はこれに近いかもしれません。
しかし、人材マネジメント論と「おもしろいものを作る」という議論は、やはり別モノです。
つまり、「良いものを作るために努力で差別化する」というのは、とても有効な戦略です。天才なんてめったにいないし、勝負している土俵が、プロ経営者やマネージャーとは違って、ものづくりの現場なのですから。
では、どれくらい努力したらいいのか、という話になります。
ここで、大いに脱力していただければと思います。
とりあえず、1.5倍くらいでいいのではないかと思います。
なぜか。ほとんどの場合、自分のまわりに宮崎駿はいないからです。
そんな天才日本にひとりか2人ですから、ほっといてください。
まずは、次の2つから始めればいいのです。
・同じ会社の同職種の人の、1.5倍頑張る
・同じ業界の人の、1.5倍頑張る
まず、自分の会社を見渡して、「絶対自分のほうが努力している」と言える状況を作ることだと思います。そして、次に自分の業界を見渡しても、「絶対自分のほうが努力している」と言い張れる次元まで持っていけるかが勝負だと思います。
「いや、ちょっと待てって。それ、大変だろ」
そう思った方、本記事のブラウザを閉じようとしたその手を、いましばらくおさめてくだされば幸いです。「1.5倍」という言葉を、次の2通りの方法で捉えてください。
⑴ 細分化された何かだけでもいい
⑵ ちょっとした工夫で実現できる量でいい
⑴は、つまり「絶対自分のほうが努力している」を、労働集約量の総体として捉える必要はないという意味です。
もう少し簡単にいうと、同じ会社の同職種の人と、同じ業界の人に、すべての項目で勝る必要はないということです。
まずは、何か1点でいいのです。
たとえば、ぼくの仕事は、次のように細分化できます。
・スタジオ収録 ・ナレーション作成 ・編集 ・企画書作成
・タレントトーク構成 ・タレントとの付き合い ・リサーチ
その他にも、無限の項目があります。
さらに、たとえば「ロケ」という項目も、
・ドキュメンタリーのロケ
・グルメロケ ・再現ドラマロケ
などなど、もっと細分化できるかもしれません。
この中の1つでもいいから、まずは自分が「会社で、業界で、一番努力している」と思える項目を作ればいいのだと思います。しかも、それは、あくまで主観でいいとさえ思います。
そして、そのジャンルは何でもいいと思います。仕事の中で、好きだと思えるものを「趣味的に」選んでもいい。社内での差別化を意識して、取り組んでる人が少なさそうなものを「戦略的に」選んでもいい。あるいは、自分が将来やりたい仕事を見据えて、役立ちそうなものを「計画的に」選んでもいい。
「この分野なら、まわりを見渡してみて、誰にも負けないな」と思える分野を、まずは1つだけでも作るということです。
たとえば、ぼくは、「脚本」を誰よりも大量に書いてきたつもりです。
これまで、ゆうに2000ページを超えています。
ロケの簡単な構成を書いた「構成台本」ではなく、『空から日本を見てみよう』や『ジョージ・ポットマンの平成史』など、番組内にキャラクターが登場し、彼らのセリフとナレーションも含めた「脚本」でほぼすべてが構成される番組を多数制作してきました。放送作家さんに書いてもらうという手段もありますが、すべて自分で書くことを徹底してきました。
『空から日本を見てみよう』という番組では、毎回40ページほど。『ジョージ・ポットマンの平成史』では毎週40ページほど。そのほか、『吉木りさに怒られたい』や、『「人生を諦める技術」講座』といったフェイクドキュメンタリー、『文豪の食彩』『激辛ドM男子』『嫌いな人を好きになる方法』といったドラマでも「脚本」は自ら執筆しました。
その結果、どんなメリットが生まれるか。
圧倒的に、そのコンテンツの「メッセージ性」が強くなるのです。そして結果的に、「ストーリー」としての精度が上がるのです。
たとえば、『空から日本を見てみよう』という番組で、「多摩川源流と天空の村々」という回を担当した時のことです。