防潮堤と海の間に砂浜が再生されるスペースが確保できれば、地元の人たちが憩い、バードウオッチを楽しんでいた「震災前」が取り戻せる。海辺に残る東日本大震災で壊れた防潮壁の残骸も、「震災遺構」として、観光の呼び水にする――。

 そんな地元の期待を裏切るかのように、埋め立ての土砂は、合意にはなかったはずの場所に投入されていた。

 すぐに町を通じ、県に確認すると、県は長期にわたる地元との協議を台無しにし、海と浜辺が水際の防潮堤によって遮断される当初案で、工事を進めようとしていたことが分かった。
 
 改めて業者が持っていた設計図を見せてもらうと、防潮堤は水際にせり出し、浜辺は合意内容の4分の1ほどに圧縮されていた。まるで、物差しを当て「えいや」で直線を引いた感じで、地元が了承した時の設計図面とは全く違うものだった。

開業2周年を迎えた南三陸さんさん商店街。開業2周年を迎えた南三陸さんさん商店街。近隣は津波対策の工事中で、クレーン車が至る所に見える=南三陸志津川町 Photo by N.O.

 鈴木さんが見た土砂の搬入現場は、水際に造る防潮堤のための土砂を運び込むための「仮設道路」を造るためだとも分かった。

「海辺を保全するには防潮堤を陸側に湾曲させて造らなければならないのに、設計図面には防潮堤が直線状に延びていて、大ショックでした。業者にしてみれば、ショートカットに造ったほうが造りやすいということだったのでしょうか」

 地元の思いを離れた形で進む「復興」に、鈴木さんは「不信感の塊になってしまった」と話す。