このうち1~4は、災害後の被災地が辿るルートの典型だ。多くの被災地は、「打撃を受けて、そのままジリ貧(1)」「打撃を受けて、横ばいしながら緩やかに回復(2)」のいずれかのパターンとなる。せめて「打撃を受けたが、回復して復旧(3)」であってほしいものだが、それは実際には最も恵まれたケースである。被災地の内外で、「打撃を受けて回復したが、その勢いでさらに成長(4)」というパターンへの期待が語られるけれども、幸運や例外などが重なって起こる稀な事例だ。

 神戸市では、災害後のプロセスとして知られる4つのパターンに加えて、「災害で急成長」というパターンが見られた。具体的には神戸市西区だ。これは、何を物語っているのだろうか。

 神戸市西区には、1995年の震災後、多くの仮設住宅が建設された。震災後の人口の急増は、まずこのことによっている。西区では1980年代から、工業団地への企業の誘致、研究学園都市の開発、ニュータウン開発が進行していた。それでも仮設住宅に使用できる用地はあり、神戸市の仮設住宅の30%に当たる約9000戸が西区に建設された。

 しかし、1980年代に「ニュータウン」に転入した働き盛りの世代は、時間と共に高齢化した。1985年、ニュータウンの一戸建てを購入したときに45歳だった人は、34年後の現在、79歳の後期高齢者だ。1995年の震災後、仮設住宅に入居し、結局はそのまま老いと人生の終わりを迎えた人々も少なくない。

 一方で、ニュータウンの2世代目・3世代目がそこに留まる場合もある。これらが、西区の人口激増(1995~1998)、右肩上がり(1999~2008)、横ばい(2009~2012)、減少(2013~)の背景である。

「復旧」や「復興」を安易に
期待することは罪深い行為

 今年は、2011年の東日本大震災から8年目、2016年の熊本地震から3年目、2017年の九州北部豪雨から2年目にあたる。そして、2018年の西日本豪雨と北海道地震からは、まだ1年が経過していない。

 どの災害も、人々や地域に大きな打撃を与えている。その打撃は、人口や経済の面だけでも、簡単に回復できるものではない。そして、災害以前に「貧」や「困」を抱えていた人々や地域であればあるほど、より大きな打撃を受け、回復も困難となる。「復旧」や「復興」を安易に期待することは、非常に罪深い行為なのかもしれない。