経営学者のピーター・ドラッカーは、「蒸気機関が鉄道の登場を促し、鉄道の登場がめぐりめぐって郵便、新聞、銀行などの登場につながった」と喝破した。鉄道というインフラの整備が、あらゆる産業の変革を引き起こしたことの重要性を指摘したものだ。
蒸気機関の技術は、鉄道が終着駅ではなかった。(中略)鉄道の発明後に芽を出した新産業、しかも蒸気機関とは無縁の新産業が躍動を始めた。最初が一八三〇年代に現われた電報と写真であり、次が光学機器と農業機械だった。一八三〇年代の後半に始まったまったくの新産業、肥料産業が農業を変えた。公衆衛生が成長部門となり、伝染病の隔離、ワクチンの発明、上下水道の発達と続いた。こうして歴史上初めて、都市が農村よりも健康な住環境となった。麻酔もこのころ現われた。
これらの新技術に続いて、新たな社会制度が現われた。すなわち、近代郵便、新聞、投資銀行、商業銀行だった。いずれも蒸気機関どころか産業革命のいかなる技術とも関わりがなかった。しかし一八五〇年には、それらの産業と制度が先進国の産業と経済の様相を支配するにいたった。
『ネクスト・ソサエティ』(P・F・ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社)
ドラッカーの言葉を現代にあてはめると、こんな未来が予測できる。
「ICTがインターネット、スマートフォン、クラウド、センサなどの登場を促し、これらの普及がめぐりめぐって新たな産業や社会制度の登場につながった」
産業革命のころの蒸気機関に匹敵するのがICTで、鉄道に当たるのがインターネット、スマートフォン、クラウド、センサといったインフラだ。移送手段というインフラが整ったからこそ郵便、新聞、銀行が出現したように、これから社会はインターネット、スマートフォン、クラウド、センサなどのインフラを利用しながら、IoTやAIをツールとして活用し、大きく変わっていく。
東京大学大学院工学系研究科教授
1965年生まれ。1987年東京大学工学部電子工学科卒業。1992年同大学院博士課程修了。博士(工学)。2006年東京大学大学院工学系研究科教授。2007年東京大学先端科学技術研究センター教授。2017年4月より現職。
IoT(モノのインターネット)、M2M(機械間通信)、ビッグデータ、センサネットワーク、無線通信システム、情報社会デザインなどの研究に従事。ビッグデータ時代の情報ネットワーク社会はどうあるべきか、情報通信技術は将来の社会をどのように変えるのか、について明確な指針を与えることを目指す。
電子情報通信学会論文賞(3回)、情報処理学会論文賞、ドコモ・モバイル・サイエンス賞、総務大臣表彰、志田林三郎賞などを受賞。OECDデジタル経済政策委員会(CDEP)副議長、新世代IoT/M2Mコンソーシアム会長、電子情報通信学会副会長、総務省情報通信審議会委員、国土交通省国立研究開発法人審議会委員などを歴任。
著書に『データ・ドリブン・エコノミー』(ダイヤモンド社)がある。