そして21歳で、フルコンタクト空手を始めた遠藤さんは、心身ともに変わっていった。25歳のときには、自活できるようになっていた。現在、現役の格闘家でもある遠藤さんは、国内外の数多くの大会で、優勝や入賞などの成果を挙げてきている。執筆活動と空手だけではなく、いわゆる「引きこもり支援」と呼べなくはない活動も行っている。

「でも、対策や問題解決はできないと思っています。だから、しません」(遠藤さん)

 あくまでも、注目するのは「その人」。支援するのではなく、その人をエンパワメントする。その人が「したい」と思えることをできるようになる歩みに、伴走する。

 遠藤さんによれば、当事者たちは2012年頃から、「引きこもり」という用語を使わなくなってきたという。2015年頃になると、自己認識の用語としてはほぼ使われなくなったそうだ。では現在、当事者たちはどのような用語で自己認識しているのだろうか。

「自分の症状名の組み合わせです。『広汎性発達障害で、うつ病もあって、HSP(通常より刺激に鋭敏な特性)』というふうに」(遠藤さん)

 現在、「引きこもり」という用語を用いているのは、当事者家族や当事者の周辺の支援者たち。小規模ながら歴史を積み重ねてきた専門メディアにも、媒体名に「引きこもり」「ヒキ」といった用語が残っている。しかし、当事者にとっては「過去の言葉」(遠藤さん)ということだ。

引きこもりという用語は
多くの人にとって「安心」となった

 そう言われて、私は2003年頃の出来事を思い出す。引きこもり状態の息子について「近隣や親類から白眼視されている」と悩んでいた母親に対して、私の目の前で、ある著名精神科医が「子どもは引きこもってます」と開示するようにアドバイスした。そして、「今は『引きこもり』という言葉があるから、それで『ああ、引きこもりね』とわかってもらえる」と続けたのだった。

「引きこもり」という用語が、ざっくりとした理解のシンボルとして、安心のレッテルとして、数多くの人々を救ってきたことは認めてよいだろう。しかし、自分の人生を生きる当事者たちは、簡単な理解や安心にとどまっていられない。