ノーベル賞受賞会見で飛び出した、本庶佑氏「小野薬品批判」の深層

 夢のがん免疫治療薬といわれる「オプジーボ」。今年10月、京都大学高等研究院の本庶佑特別教授のノーベル賞受賞が決まったが、記者会見で製薬会社を凍り付かせる発言が飛び出した。

 がん免疫治療薬「オプジーボ」が、「夢の薬」ともてはやされる理由は、進行した患者に効果を示している点にある。例えば肺がん患者を対象にした海外での臨床試験(第3相)では、利用できる最良の治療より死亡リスクを約4割低下させた。オプジーボの開発で欠かせなかったPD-1分子を発見し、機能を解明したのが、京都大学高等研究院特別教授の本庶佑氏だ。

 医療用医薬品として承認を受けるためには、実際に人間での安全性や有効性を確認する臨床試験が必要。莫大な手間と費用がかかる。そのため本庶氏は付き合いのあった大阪の中堅製薬会社、小野薬品工業に話を持ち掛けた。紆余曲折の末、「小野薬品-米メダレックス(後に米BMSが買収)」の共同開発に託した。オプジーボが最初に承認を受けた適応症が悪性黒色腫で、小野薬品は2014年に国内で販売を開始した。以後、非小細胞肺がん、ホジキンリンパ腫、胃がんなど着々と適応症を増やしている。海外でも同様で、「夢の薬」に救われた患者が世界で増え続けている。

 米大手情報会社、トムソン・ロイターのノーベル賞有力候補に挙がったのは16年。今年の受賞はまさに、「満を持して」のものだった。その受賞決定会見で、小野薬品関係者を凍り付かせる言葉が本庶氏の口から飛び出した。

「研究自身に関して小野薬品は何も貢献していない」

 そして、こう続けた。

「(小野薬品は)ライセンスを受けているわけですから、リターンを大学に入れてもらいたい」「新しいシーズが生まれ、製薬会社に返っていくウィンウィンの関係が望ましい」「そのため小野に長くお願いしているわけです」

 大学との共同研究が盛んな製薬業界に激震が走った。当の小野薬品は、「基礎研究の段階でも幾つかの部分で貢献した」「本庶氏が特許を取得する際にも支援した」と釈明に追われた。

 実は、本誌は2015年に本庶氏にインタビューを行っている。限られた時間の会見だけでは分かりにくかった本庶氏の発言の真意を、当時のインタビューから解き明かす。

2割くらい大学に寄付してもいいのではないか

 まず、両者で平行線をたどる「小野薬品は本庶氏の研究に貢献したか否か」について。

 本誌インタビューで本庶氏は「ほとんどが政府資金でやってきて、それが国民の役に立つようになったというのはハッピーなことだ。小野薬品も多少は寄付してくれたけれども、国の資金に比べたら、微々たるもの」と述べていた。

 また2002年に仮出願した研究に関する特許について、「申請を出すときに、京都大学ではそのころまだ力がなかったから、小野に半分出させた」と話していた。実際、小野薬品は共同出願者になっている。

 故に、「何も貢献していない」発言は、本庶氏のやや誇張といえる。だが、それほどまでに小野薬品に対して不信感を抱く理由が何かあるのだろう。

 本庶氏は大学と製薬会社のウィンウィンの関係づくりについても、本誌インタビューで説明していた。本庶氏が憂うのは、若手研究者の研究環境だ。そこで、「適切なリターンをアカデミアに返していくこと」を提言している。

「大学への感謝の意味を込めて、オプジーボの収益の半分とは言わないが、2割くらい大学に寄付してもいいのではないか」というのが本庶氏の持論であった。基金ができればその運用益で大学の研究費が出せる、何十人という若い研究者が何の心配もなく研究に没頭できる、そして新しいシーズが出てくる、というわけだ。そして本庶氏はインタビューの終盤、こうまとめていた。

「(オプジーボは)日本の医療イノベーションのモデルケースだと思う。これだけ大きなアウトカムになるものは、10年に1度とかの頻度で起きるけれど、そのモデルケースとして『企業ももうかりました、国もよかった、アカデミアもよかった』というウィンウィンの関係を示せたらいい」

 実現可能性について、本庶氏は「いろんな面で交渉の余地はある」と、小野薬品に対して交渉材料があることをにおわせ、弁護士を通じて既に交渉に入っていることも明らかにした。

本庶氏の基金構想 小野薬品と隔たりか

 本庶氏はノーベル賞受賞決定後、若手研究者支援のための具体的な基金構想を「数百億~1000億円規模」と明らかにした。自身のノーベル賞の賞金約5700万円(共同受賞者と分割した額)はもちろん入れ、小野薬品にも寄付を求める意向を示した。

 小野薬品は本誌の取材に、「構想の相談を受けているのは確か」と回答したが、本稿執筆時点では構想実現に向けて、「何か決定した事実はない」と説明する。とはいえ本庶氏はノーベル賞受賞者であり、世界が注目するオプジーボ最大の功労者だ。何もしないわけにはいかないだろう。

 市場関係者が注目するのが、小野薬品のバランスシートに記された引当金。ノーベル賞候補と騒がれ始めた2017年3月期から急増し、直近の2019年3月期第2四半期では139億円まで膨らんでいる。小野薬品は詳細を開示していないが、一部または多くが本庶氏の基金構想に対応するときのための引当金とみられる。

 とすれば本庶氏が想定する「数百億~1000億円規模」という基金額とは明らかに開きがある。小野薬品の業績は、オプジーボで飛躍的に向上した。2019年3月期第2四半期決算は過去最高益。上表は国内の開発状況だが、海外でもオプジーボの適応症はさらに広がっていく見込みだ。

 ただし、国内では、「オプジーボの薬価(公定価格、当時100ミリグラム約73万円)が高過ぎる」と批判が集まり、2017年に例外ルールの適用で半額にされ、その後も引き下げに苦しむ。また国内外でオプジーボの競合品が相次いで登場し、収益環境は厳しさを増している。

 小野薬品は将来オプジーボの特許が切れて業績が急激に落ち込む「パテントクリフ(特許の崖)」を回避すべく、“ポストオプジーボ”の研究開発費も捻出しなければいけない。一般に研究開発には9~17年かかり、成功確率は3万分の1という厳しい世界だ。大口スポンサーを期待されても、「ない袖は振れぬ」というのが小野薬品の本音なのかもしれない。