20世紀に入ってからというもの、米国に次ぐ数のノーベル賞受賞者を輩出している日本だが、実は科学技術立国の足元は驚くほど揺らいでいる。どういうことか、ノーベル賞受賞者に聞いた。本記事では梶田隆章氏(ノーベル物理学賞受賞)、江崎玲於奈氏(ノーベル物理学賞受賞)、大隅良典氏(ノーベル生理学・医学賞受賞)、大村智氏(ノーベル生理学・医学賞受賞)、益川敏英氏(ノーベル物理学賞受賞)の言葉をお届けする。

「週刊ダイヤモンド」2018年12月8日号の第1特集を基に再編集。肩書や数値など情報は原則、雑誌掲載時のもの。

梶田隆章(ノーベル物理学賞受賞)

梶田隆章

――大学の研究力は落ちていますか。

 大学、特に国立大学について言うと、2004年の法人化以降、大学として独自にやらなければいけないことが増えたにもかかわらず、運営費交付金は毎年減ってきました。近年は減額はありませんが、大学の研究の力はもう完全に落ちてしまっています。ボディブローのように効いてきています。東京大学はまだ、少しは余裕があるんじゃないかなと思いますが。旧七帝大(北海道、東北、東京、名古屋、京都、大阪、九州の各国立大学)以外は相当悲惨なことになっていると思います。

――運営費交付金を増やせればいいのでしょうが、国の財源にも限りがあります。

 基本的には日本の将来をどう考えるのかがポイントだと思います。例えば法人化以降、博士課程に進む学生は恐らく、半分近くまで減っています。少子化の影響を超えたものです。つまり文系も含めて日本のリーダーとなっていくような人、あるいは科学技術のリーダーとなっていくような人を輩出しない国にしようとしています。それを望んでいるのか、ということですよね。

 学生が博士課程に行かなくなっているのは、運営費交付金の減少によって大学は仕方なく若い助教のポストを減らして、人件費を減らして何とかやっているからです。従って若い人は今、博士号を取ってもなかなか定職に就けません。だいたい平均して、40歳ぐらいで定職に就いているのは半分程度という感じでしょう。

 本来長い目で見て、国が科学技術立国として将来やっていく気があるのであれば、この状況を放置するなんてあり得ません。

――今は日本人がノーベル賞を獲れています。今後もこのペースでいくと思いますか?

 いかないと思います。ノーベル賞はどんな研究に与えられるかというと、何もないところから何か新しいものを生んだ研究にです。これは研究者が自由に研究をして、そこから今までにないものを生んでいくプロセス。今の日本ではそれがいろんな面で非常に厳しくなっていますね。ちなみにそれができるのは統計的に明らかで、若い世代の研究者です。

 ところが若い研究者というと、みんな誰かに期間を区切って雇用されているいわば「研究労働者」ですので、自分の自由な研究などできません。定職に就いたとしても、大学の先生は法人化以降、ものすごく忙しくなってしまいました。研究時間が減ってしまっています。昔は自由な研究をするためのお金、自分の好きなことができる風土がありましたが、今はもうできません。

――あらためてですが、基礎研究をなぜすべきなのでしょうか。 

 基礎研究はべつに、社会に役立つことを念頭に置いてやっているわけではありません。研究の中でやがて社会の役に立つものが出てくるかもしれませんが、誰もどれが役に立つかなんて分かりません。だから、基礎研究は幅広くやることが重要なんです。

 また、例えば私がしている宇宙の研究などは恐らく、将来も社会の役には立ちません。でもそれはそれとして人類の知を拡大する、人類全体の活動に参加するという意味でやるべきだと考えています。それなりのリスペクトをしてほしいと思います。

――若者へのメッセージを。

 私たちの世代がもう一度、日本を純粋に科学ができる国に戻さないといけません。そうした上で、若い人たちに日本の国を信じて、科学や学術の世界に飛び込んでもらいたい。若い人たちがきちんと科学や学術の世界で教育を受けて、将来の日本を支えていってほしいと思います。