幡野広志幡野広志(はたの・ひろし) 写真家、元狩猟家、がん患者。1983年、東京生まれ。2004年、日本写真芸術専門学校中退。2010年から広告写真家・高崎勉氏に師事、「海上遺跡」で「Nikon Juna21」受賞。2011年、独立し結婚する。2012年、エプソンフォトグランプリ入賞。2016年に長男が誕生。2017年多発性骨髄腫を発病し、現在に至る。著書に『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』(PHP研究所)、『写真集』(ほぼ日)、『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(ポプラ社)がある。https://note.mu/hatanohiroshi

2017年12月、ご自身のブログ上で余命3年の末期がんであることを公表された写真家の幡野広志さん。治療をつづけながらも写真家として変わらず国内外で活動し、さらに、さまざまなメディアでの発信を精力的にこなしています。
そんな幡野さんが5月、一冊の本を世に出しました。タイトルは、『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』です。本書はまたたく間にベストセラーとなり、「生きづらさ」を抱える人びとのこころに希望を呼び込んでいます。
幡野さんは、いったいなにを「選びなおそう」と伝えているのか? なぜ「選びなおす」という言葉に行き着いたのか? わたしたちが無意識のうちに囚われている、「生きづらさ」とは?
二人三脚で本づくりを進めてきたライターの古賀史健さんと、紆余曲折を経た制作秘話、そして本書に込めた思いについて語り合っていただきました。(構成:田中裕子)

「答えは、親子関係にある」

幡野広志(以下、幡野) 本、まずは無事発売になって、ホッとしました。

古賀史健(以下、古賀) しかも発売即重版ということで、うれしいかぎりです。読者からの声も届いていますか。

幡野 ありがたいことに、発売日からずっと感想が届きっぱなしです。ツイッターでのつぶやきもあるし、直接メッセージをくれる人もいるし。こんなにたくさんの人が読んでくれているんだなと思うと、ああよかった、自費出版にしなくてとしみじみ……(笑)。

古賀 そうそう、はじめは幡野さん、この本を自費出版で出すつもりだったんですよね。

幡野 というより、それしか方法を思いつかなかったんです。がんを公表して以来、SNSを通じてたくさんの方からメッセージをいただきました。もちろん純粋な応援メッセージもありましたが、壮絶な人生の吐露や相談、告白も多くて。がん患者さんやそのご家族、ご遺族、医療従事者。精神疾患を抱えている方、虐待やいじめの経験に苦しんでいる方、元犯罪者の方……。生きづらさを抱えた、ほんとうにたくさんの人たちとやりとりしてきました。

 その中で、この人たちに会いに行こう、話を聞きに行こう、それを本にしようと思い立った。それで放射線治療が終わって、すぐに取材をはじめたんです。どうしてもやりたい仕事だから持ち出しでいいやと、自費出版を検討していました。

『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』書影『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(幡野広志著、ポプラ社刊、1500円+税)

古賀 具体的な本のかたちはイメージせず、ひたすら取材を重ねていった?

幡野 そうです。だから取材してみたものの、30人分の音源を抱えて「これをどうしたもんかな」と途方に暮れていました。そんなときに、(ほぼ日の)糸井重里さんからご連絡をいただいて。「ぼくらに、なにかお手伝いできることはありませんか?」と聞かれたので、「願ってもない話です」と返信しました。

古賀 渡りに船ですと(笑)。

幡野 ええ、まさに「渡りに船です」と返した気がします(笑)。ふつうは「ありがとうございます、お気持ちだけでじゅうぶんでございます」と遠慮するところなんでしょうが、ぼくの場合、そうも言っていられない状況ですから。それで一週間後にお会いして、「この取材をまとめて本をつくりたいんです」とご相談したわけです。

古賀 その後、ぼくも一緒に食事に行って、糸井さんに紹介してもらったんですよね。ちょうど1年前、去年の6月でした。

幡野 そうそう! そうでした。当時のぼくなんて本を出したことがないのはもちろん、ほんとうに無名な存在だったし、糸井さん、よく古賀さんを紹介してくれたな、と。すごい勇気のある人だなって、最近になってあらためて思いましたよ。

古賀 ははは(笑)。ぼくははじめ、糸井さんから「幡野広志さんがこういう本をつくりたいらしいんだけど、いい編集さんかライターさん、知らない?」とざっくりうかがっていました。そのまま食事会に参加したのですが、幡野さんの口から具体的な話を聞いていくうちに……「これはおれがやらなきゃ」と思ったんです。もちろん、「おれじゃなきゃできないだろう」みたいなテクニックの話ではなくて。ぼくがこの人と、幡野さんとやりたいと思ったんです。幡野さんの声を、世に届けたいと。

幡野 うーん。でも、糸井さんにしても古賀さんにしても、よく「あの当時のぼく」をそんなふうに思ってくださったなあ。考えれば考えるほど不思議になります。

古賀 それはきっと幡野さんがもう「走り出していた人」だったことも大きいと思います。夢や構想だけ語っていても、ぼくも、きっと糸井さんも、どうすることもできなかった。でも幡野さんは、「とりあえずもう取材しちゃったんですけど」という状態で困っていたから。言葉だけじゃなく行動に出ている人は信用するし、応援したくなりますよ。

幡野 やっぱり切実だったんです。じつは、4~5人に話を聞いたあたりで、ひとつの答えが見えてきていて。「親子関係だな」って。

古賀 生きづらさの原因の多くは親子関係にある、と。

幡野 はい。たとえばぼくのように病気になると、当然、体調が悪くなります。でも、病気そのものではなく人間関係で――しかも、家族や親類といった非常に近い人間関係によってこころを蝕まれてしまう人が多いわけです。だれだって、こころを蝕むほう(加害者)にも蝕まれるほう(被害者)にもならないほうがいい。それを伝えられるような本をつくりたいと思っていました。

古賀 関係が近いからこそ、傷が深いんですね。