ロンドンへの海外出張中、日本料理が食べたくなりました。どちらの店のほうがいい経験ができると思いますか。お店のサインを手がかりに考えてみてください。

まったく知らない店を選ぶとき、わたしたちはその場の手がかりをもとに店の良し悪しを予想することになります。例えば「とりはだ」という店名や、ロゴの「と」が逆になっていることから、以下のような解釈ができるかもしれません。

(まったく日本料理のことがわかっていない店かもしれない)
(斬新な日本料理を出す店かもしれない)
(ちょっと軽薄な店かもしれない)

 ひとつの手がかりから異なる解釈が生まれるのは、人によって日本語、日本料理、ロンドン、デザインなどについての知識や経験が違うからです。つまり、手がかりそのものではなく、手がかりを通じて活性化する記憶がわたしたちの経験を方向付けているのです。

 また、わたしたちは自分の意志で店を選んでいると思っています。しかし、脳科学の研究では、意識レベルの反応より先に感情レベルの反応が起こることがわかっています。しかも、それらは別々に起こるのではなく、無意識レベルの反応を受けて、それを正当化するように意識レベルの判断が起こるのです。

 もしあなたが「とりはだ」を選んだのであれば、「とりはだ」について評価する前に、すでにあなたの頭の中にはポジティブな感情があったということになります。その感情が、あなたが気づかないうちに「とりはだ」を選ぶように方向付けていたわけです。わたしたちの経験は記憶や感情によって枠組みが与えられているのです。

顧客経験と感情の関係

 前回は、顧客の行動を捉える方法をご紹介しました。今回は、顧客の感情を捉える方法をご紹介したいと思います。まず、感情と顧客経験との関係をエクスペリエンスリボンというモデルを使ってご説明しましょう。

 このモデルでは、顧客経験は3つのフェーズから成るはじまりも終わりもない連続的なプロセスとして表現されます。まず1.Perception(知覚)のフェーズ。例えば「店でお昼ご飯を食べる」という経験であれば、店に入る前に「あれを食べたいな」とか「混んでいたら嫌だな」とか思ったりする段階です。「店でお昼ご飯を食べる」という刺激がポジティブあるいはネガティブな感情を活性化し、顧客はその感情に沿ってこれから起こる出来事を予想します。

 次に2.Interaction(相互作用)のフェーズ。現場で、顧客とモノ、人、環境との間でやりとりが行われます。店の混み具合、店内の匂い、注文したときの店員の受け答えなど、五感を通してさまざまな手がかりが収集されます。「店に入るとカレーのいい匂いがしたので注文を変更してしまった」など、感覚的な刺激が記憶とつながって感情を活性化し、態度や行動を修正したり強化したりします。

 そして3.Recollection(記憶)のフェーズ。顧客は、Interactionのフェーズで収集した手がかりをもとに一連のやりとりを感情レベルで評価し、感情に沿って「この店はおいしかった」「この店はいまひとつだった」といった意識レベルの評価を行います。感情はリボンの内側に記憶され、その後の経験に影響を与えます。

出典:Lewis P. Carbone. Clued In (FT Press)

 このモデルが示すように、顧客経験のすべてのプロセスで感情が決定的な役割を担っています。しかし、わたしたちは日常の物事について、感情の役割を意識しながら行動しているわけではありません。例えば、次の質問について考えてみてください。

 あなたが昨日のお昼にご飯を食べたときの気分は? 思い出して言葉にしてください。

 思い出せましたか? いきなり言葉が頭に浮かんだ人はいないと思います。多くの方は、まずぼんやりと昨日のお昼ご飯のイメージを思い出し、そのイメージを手がかりにその時の気分を振り返って「幸せな気分になった」「物足りない気分になった」といった言葉にしたのではないでしょうか。

 リボンの内側に記憶される感情は、このぼんやりしたイメージに似ています。わたしたちは、刺激によって活性化した概念のつながり(=感情)をイメージとして認識し、それを言葉で説明しているのです。感情=活性化した概念のつながりと、それを言葉で説明したもとの間には大きなギャップがあります。ここにアンケートなど従来の調査手法の限界があります。