「意味」はコピーできない

 今後は「意味」を形成するニュータイプが、大きな価値を生み出すと指摘する3つ目の理由を挙げましょう。それは「意味はコピーできない」ということです。

 イノベーションの文脈ではよく「デザイン」と「テクノロジー」が論点の中心となります。ではここで質問してみたいのですが、仮に「素晴らしいデザイン」と「素晴らしいテクノロジー」が組み合わさったとして、それは「素晴らしいプロダクト」になり得るのでしょうか?

 現在の市場を鑑みれば、この問いに対する答えは「否」というしかありません。たとえば、アップルの中核的な強みは、そのデザインにある、とよく言われますね。しかし、本当にそうでしょうか?

 現在、アップルが提供しているスマートフォンやノートパソコンと、ほとんど見分けがつかないほど似ている製品が他社から販売されています。

 アップルの強みが本当にデザインにあるのだとすれば、見分けのつかないほど似たデザインを提供している他者のシェアや時価総額は、なぜアップルほどには高くないのでしょうか。

 この事実は、アップルの市場価値の中核をなすのが、決してデザインだけではないことを示唆しています。

 これは、テクノロジーについても同様です。スマートフォンにせよパソコンにせよ、今日の市場において販売されている機種のあいだでそれほど大きな差異があるわけではありません。

 私たちは「役に立つ」ということを価値軸として長いこと重視してきたため、活用されているテクノロジーの水準を過剰評価しがちですが、すでにモノが過剰になり、問題が希少となっている世界においては、テクノロジーの水準は顧客が重視する価値軸ではなくなっています。

 つまり「素晴らしいテクノロジー」と「素晴らしいデザイン」だけでは「素晴らしいプロダクト」はできないということです。何が問題なのでしょうか?

 最大のポイントは「テクノロジー」も「デザイン」も、非常に「コピーされやすい」という点です。デザインはすぐに真似ることができますし、大概のテクノロジーはリバースエンジニアリングすることが可能です。

 つまり「デザイン」と「テクノロジー」を主軸にして形成された競争力というのは、コピーという攻撃にさらされた際に非常に脆弱だということです。

 一方で、では何がコピーしにくいのかと考えてみると、ここに「意味」というキーワードが浮かんできます。その製品やブランドが持っている固有の「意味」はコピーできないのです。

 たとえばアップルという会社の製品や機能を、表面的にコピーすることはいくらでも可能でしょうが、アップルという固有のブランドが顧客に対して与えている感性価値としての「意味」はコピーすることができません。

 なぜなら「意味」の形成には膨大な情報量が必要であり、膨大な情報量を市場に蓄積するためには非常に長い時間がかかるからです。

 アップルというブランドが持っている固有の「意味」は、1970年代の末からアップルとその創業者であるスティーブ・ジョブズという人物が、世界に与え続けてきた情報の蓄積に支えられて形成されています。

 極論すれば、アップルという会社はすでに一つの「文学」になっているということです。文学作品をコピーすることはできませんから、「意味」を競争力の中核に据えることができた企業は、コピーに対して極めて堅牢な事業を創り出すことができます。

(本原稿は『ニュータイプの時代――新時代を生き抜く24の思考・行動様式』山口周著、ダイヤモンド社からの抜粋です)

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。ライプニッツ代表。
慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)でビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞。その他の著書に、『劣化するオッサン社会の処方箋』『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』『外資系コンサルの知的生産術』『グーグルに勝つ広告モデル』(岡本一郎名義)(以上、光文社新書)、『外資系コンサルのスライド作成術』(東洋経済新報社)、『知的戦闘力を高める 独学の技法』(ダイヤモンド社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)など。神奈川県葉山町に在住。