新潟県高野連は3月、日本高野連が「投手の障害予防に関する有識者会議」を4月に発足させるなどとする取り組みを受け、実施を見送っていた。

 日本高野連は今夏の甲子園から選手の負担軽減のため、休養日を1日から2日に増やし、準々決勝翌日のほか、準決勝翌日も休養日としていた。

 少しずつ投手の負担に対応している印象を与えたが、4月の有識者会議は1試合の投球数制限については上限を設定しない方針とした。少人数で戦力の劣るチームが不利になるというのがその理由という。

 代わりに一定の日数で合計投球数に上限を設ける方向で調整し、9月に具体的な日数や投球数が検討されるが、抜本的な改革までには至らないという意見もある。

 一方、予選となる地方大会では投手を守ろうとする監督の自主的な動きもあった。

 163キロの速球で注目された大船渡(岩手)の佐々木朗希投手を、国保陽平監督は決勝戦で登板させなかった。結果、大船渡は米大リーグ・エンゼルスの大谷翔平選手やマリナーズの菊池雄星投手らを輩出した花巻東に2−12で大敗した。

 国保監督は試合後、理由として「故障を防ぐため」と説明した。佐々木投手は準決勝があった7月24日、129球を投げて完封。21日の4回戦では194球を投じていた。

 国保監督はまた「投げられる状態にあったかもしれないが、私が判断した」「筋肉の張りという程度で、痛みとかはなかった」「朝の練習で伝えると『分かりました』と答えた」などとも話していた。

 国保監督は筑波大学を卒業後、アメリカ独立リーグでプレーした。その中で選手に対するマネジメントを学んだとしても不思議はない。

 この采配に関しては、賛否はもちろんあるだろう。しかし、国保監督も甲子園に行きたかったはずだ。それでも佐々木投手の安全を優先した。その判断は、誰も批判はできないはずだ。