しかし、実際には国連憲章の規定にもかかわらず、常設の国連軍の創出は実現せず、国連軍による安全保障システムが機能しない状況が生まれた。その中で、国連憲章第7章に代わる安全保障システムとして日本が選択したのが、日米安保や自衛隊という抑制された防衛力であって、日本の戦後の政策は国際的なルールに基づいて行われてきたといえる。

 日本の国際法遵守の表れとして、日本は国際司法裁判所の強制管轄権受諾宣言を行っている。これは、日本が自国にとって都合が良くても悪くても、相手国が同じ宣言をしている限り、一方に提訴されたら必ず国際司法裁判所の裁判とその判決に従うという宣言だ。この宣言を韓国はしていない。

日本とは友好的なのに
韓国には不信感を抱く台湾

 一方、こうした日本の考え方と相容れないのが韓国側の「韓国は被害国であり、日本は加害国であるから、韓国は常に道徳的優位に立っている」という道義的、情緒的な正義の話である。韓国の方が正しいのだから、日本に対しては何をしても許されるという正義が韓国にはあると主張しているように、日本からは見える。

 しかし、正義とはそのとき、その状況によって移ろうものだ。どんな侵略戦争であっても正義を大義名分としなかった戦争はない。だから日本は正義ではなく法の遵守を旨としているのである。韓国では政権交代によって正義の基準が変わってしまう。法の解釈も政権によって異なってしまっているのが現状だ。

 韓国と同様に戦前日本が統治していた台湾は、現在日本と政治的にも市民感情的にもおおむね良好な関係を維持している。一方、日本ではあまり知られていないが、台湾と韓国の間にもギクシャクした関係がある。多くの台湾人は「韓国に裏切られた」という意識があるからだ。

 1972年、日本は中国との国交正常化に際し、台湾政府との断交を決めた。しかし、日本と台湾の経済的な連携がすでに存在していたため、日台の実務的な行政の連携は必要であった。そこで、日本と台湾は断交に先がけてかなりの時間を使って、民間団体同士の交流の形をとり、実質的な日台関係を残す準備をした。

 台湾側は亜東関係協会(現在の台湾日本関係協会)という民間団体を、日本側は交流協会(現在の日本台湾交流協会)という民間団体をそれぞれつくり、両者の公務員がこれらの民間団体に出向し、民間交流という形で日台の行政上の実務を行うルールをつくった。