まったく役に立たないクルマが、数億円で売れる時代

山口:自動車メーカーの例で考えるとわかりやすいのですが、日本車の大半は「役に立つけど、意味がない」という領域に入ります。荷物がたくさん積めて、燃費が良くて、人もたくさん乗れて、静かで、壊れなくて、雨のときも快適に安全に走れます。

大八車で引っ越ししていた時から比べると本当に役に立つようになったのですが、ガレージにこのクルマがあることで「俺の人生の意味合いが変わる」とか、「生きがいや醍醐味を感じる」とか、そういうクルマはあまりない。

【山口周】「AIが100万円で買える時代」に<br />人間が本当にすべきこと

一方、たとえばBMWのM3というクルマは、価格が1000万円くらいします。日本車の同じような車の4倍とか5倍くらいの価格なのですが、4倍、5倍役に立つわけではありません。役に立つ度合いは一緒です。

1960年代のBMWやポルシェと日本車を比較すると、安定性など、ずいぶん役に立つ度合いも違ったと思いますが、日本の自動車メーカーも、一生懸命努力してきて、性能面では追いついた。それなのに、なぜ価格が4倍も5倍も開いているのかということです。ここが、日本の産業が考えなければならない一番大きな問題なのです。

役に立つものは十分に作った。テクノロジーの進化で、追いつけ追い越せという感じで、むしろ性能面では追い越したともいえる。でも相変わらず、価格は4倍も5倍も開いたままなのです。

なぜなのか? それが「意味」なのです。意味の価値に対して、買い手は4倍、5倍のお金を払っている。

さらにいうと、役に立たないクルマもある。フェラーリは荷物も積めません。巨大なエンジンを積んでいますから。人も2人しか乗れない。車高が極端に低いので悪路は走れないどころか、段差のあるガソリンスタンドには入れない。馬力がとんでもなく大きいため、雨や雪の日の高速道路では滑るので危なくて乗れない。それでも、価格は3000万円から数億円するわけです。

実は、グローバルマーケットで急成長しているのがここなのです。つまり、「役に立つ」ことに価値がなくなっている時代に、すでに入っているということです。
第3回に続きます
※第1回はこちら

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。ライプニッツ代表。
慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)でビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞。その他の著書に、『劣化するオッサン社会の処方箋』『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』『外資系コンサルの知的生産術』『グーグルに勝つ広告モデル』(岡本一郎名義)(以上、光文社新書)、『外資系コンサルのスライド作成術』(東洋経済新報社)、『知的戦闘力を高める 独学の技法』(ダイヤモンド社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)など。神奈川県葉山町に在住。