普通の人のための道もある
朝倉 僕は以前からソフトバンクについて、「事業会社の毛皮をかぶった投資会社」と呼んでいました。別に揶揄しているわけではないのですが、ソフトバンクの場合、外形的には事業会社だけど、実質的にやっていることはファンドのほうが近いだろうと。ビジョンファンドができて、むしろ明確になった気がします。
安川 ヤフーBB立ち上げの時は、孫社長も事業家として全身全霊で僕ら現場と一緒になって夜中まで取り組んでましたが、それでもいつも「錬金術」とか「いかがわしい」と言われてしまうんですよね(笑)。それと、通信事業を買収した時の融資の財務コベナンツ条項によって、2010年頃はベンチャー企業への投資をしたくてもできなかったんです。おそらく今ユニコーンと呼ばれるスタートアップへの投資話も、そのころ色々きていたんじゃないかと思うんですけど、できなかった。本当はタイミング的には10年前にビジョンファンドを立ち上げたかった、遅すぎた、と思っているかもしれません。
朝倉 「会社をつくる会社」があってもいいじゃないか、という主張ですよね。
安川 そうです。孫正義社長のスタイルがある一方で、弟の泰蔵さんのように1社1社の創業から寄り添って起業家の壮大なエコシステムを作っていくスタイルがある。ただ、誰もが孫兄弟のように成功する天才起業家になれるわけでもないし、普通の人のための道があるのではないか、と僕は思っています。いわば「マイクロ・アントレプレナー」の世界観で、人々が大きなシステムに依存せず自分サイズの人生を楽しく長く生きながら、稼ぎ続ける方法があるのではないかと。
朝倉 22歳で大学を卒業したら、みんなで一斉に働いて、60歳なり65歳なりで引退する、という画一的なキャリアプランとは違った生き方のイメージでしょうか。
安川 そうです。60歳までガムシャラに働いたらパタッと仕事をやめて、その後は収入がないから、犬の散歩をして公立図書館で本を読むしかない、なんて悲しすぎるじゃないですか。
年金2000万円不足問題にしても、あの試算の前提が正しいとすれば、1カ月の平均支出26万円のうち5.5万円が赤字で、90歳までの30年分で2000万円、という計算ですよね。でも、たとえば70歳までは月10万円稼いだうち、5万円を使い5万円は貯金でプールしておき、その後の10年は月5万円だけ稼いで使い、さらにその後の10年はそれまでの貯金を5万円ずつ崩せば、定年後にいきなり2000万円必要という話にはならない。楽観的すぎるかもしれないけど、もっと気楽で楽しい高齢化社会が作れるのではないかと思っています。
朝倉 たしかに。年金をはじめとした社会保障モデルが定着したのも戦後のことであって、「常識」といわれる仕組みも案外と歴史が短いんですよね。
安川 100年前ぐらいまで振り返ると、当時の米ゼネラルモーターズなどアメリカのほうが、長期雇用だったり、非常に家族主義的な経営だったんですよね。一方で、日本の三菱財閥の創始者である岩崎弥太郎あたりが、ライバルの船会社と激しい価格競争でしのぎを削って体力を奪った挙句に敵対買収を仕掛けるなど、本当にむき出しの資本主義をやってました。日本的経営なんて、正確には「戦後数十年の日本的経営」だと思いますし、どんどん変えていかないと、と思っています。
朝倉 お話を伺っていて、今まで与えられてきた環境を所与のものとすると、見えるものも見えなくなるんだ、ということを痛感しました。今日はありがとうございました。
安川 こちらこそ、ありがとうございました!