テクノロジーは10年単位、政治・経済は100年単位で大きく変わる? 書籍『ファイナンス思考』著者・朝倉祐介さんの対談シリーズに、今回はマッキンゼー・アンド・カンパニーからソフトバンクグループに転じ、トップである孫正義さんの懐刀として長らく活躍された安川新一郎さんをお迎えしました。安川さんは現在、東京都顧問や政府CIO補佐官などの行政アドバイザーからスタートアップ支援まで幅広く活動されています。政治・経済、テクノロジーなどそれぞれの長期ビジョンの持ち方や、自分の生き方にそのビジョンをどう反映すべきかなどについて、伺っていきます。

長い歴史から振り返って考える

朝倉祐介さん(以下、朝倉) 孫(正義)さんには、他の人に見えない未来が見えているのでしょうか(前回記事参照)。

普通の人が60歳を過ぎても気楽で楽しい高齢化社会を過ごす「マイクロ・アントレプレナー」という生き方安川新一郎(やすかわ・しんいちろう)
グレートジャーニー合同会社代表。
マッキンゼー・アンド・カンパニー東京支社・シカゴ支社に8年勤務。主に通信ITセクターを担当。1999年ソフトバンク株式会社入社。社長室長としてマイクロソフト等とのJV立ち上げ、各種投資案件に関わる。ナスダック・ジャパン(現大証ヘラクレス)創業メンバー、常勤監査役。その後ヤフーBBを始めとするブロードバンド事業、データセンター事業の立ち上げに参画し、アイ・ピー・レボルーション(株)代表取締役社長、グローバルセンタージャパン(株)取締役を歴任。その後、日本テレコム(株)、ボーダフォンジャパン(株)の買収に伴い、ソフトバンクテレコム(株)執行役員インターネット・データ事業本部長、ソフトバンクモバイル(株)執行役員法人事業推進本部長、執行役員プロダクトサービス本部副本部長を歴任。現在は、孫泰蔵氏の設立したMistletoe(株)の上級フェローとして、社会起業家の支援等を行いつつ、政府CIO補佐官等としての行政課題の課題解決、や企業変革に取り組む。一橋大学経済学部卒。

安川新一郎さん(以下、安川) 孫社長には、「こういう時代になる」という絵が高い解像度で見えているんだけど、僕ら普通の人には見えない。「え?!社長、そんな風になりますかね」なんて言ったら、すぐイラッとして、なんでわからないんだ!という顔になる。自分だけが解像度高く未来が見えているので、他人に見えないことが理解できない

 でも、人々の行動習慣が変わったり、市場が温まるには少し時間がかかるんですよね。孫社長は本質に近づくのが早すぎるので、早めにアクセルを踏み過ぎちゃって、世の中の人からは「危なかっしい」とか「失敗しそうだ」と言われる。でも、孫社長と一緒に長い間働いてきて、未来はしっかり考えれば見えるということを、強烈に確信しました。単純に真剣に時間を投資して未来を考える努力をしているか否か、の違いだと思いますね。

朝倉 超長期で物事を見ていらして、それを現場で具体的な戦略に落とし込むのは、どういったプロセスなんですか。

安川 孫社長からの命令・指示を、自分の頭でもう一度こういうことではないか、と解析し直して組み立て直すという感じですかね。

 当時、ボーダフォンや日本テレコムの買収は高値掴みだと散々言われましたけど、孫社長にはそれをターン・アラウンドして収益化する事業イメージがあるので、孫社長から見ると割安なんですよね。その未来の事業イメージを僕ら現場が、自分なりに咀嚼して具体的に実行案に落としていく感じです。

 孫社長は未来に生きていて、当時、僕らは今に生きてますから。孫社長の言う通り、全部やってると大変なことになりますからね(笑)。「こういう別のやり方で、もっと成果が出ることがわかったのですが、いいですか?」というと、「それ、はよやれ」となる(笑)。これはこれでどうせ怒られるんですが、現場は回り、成果は出る。

普通の人が60歳を過ぎても気楽で楽しい高齢化社会を過ごす「マイクロ・アントレプレナー」という生き方朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ)
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シニフィアン株式会社共同代表
東京大学法学部卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィへの売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。2017年、シニフィアン株式会社を設立、現任。著書に、新時代のしなやかな経営哲学を説いた『論語と算盤と私』(ダイヤモンド社)など。

朝倉 厳密な企業価値をディスカウント・キャッシュフロー法で弾くという話ではなくて、将来ものすごく大きな価値になるのが見えているから、目先では高く見えるかもしれないけど、かなり安い、という発想なんですね。

安川 将来はこういう方向で変化が起きるんじゃないかと、みんなが直感でうっすら思っていることってありますよね。

 たとえば、僕が就職活動をしていた時期はバブルでしたから、行く先々のすべての大企業で内定が出たというなかで、あえて外資系のマッキンゼーを選んだわけです。当時はマッキンゼーなんて世の中で全然知られていなかったので、親も「あそこは中途入社やMBA(経営学修士)ホルダーが行く会社であって、新卒で行ってもリサーチャーとしてこき使われて捨てられるだけだ。もうどこでもいい。とりあえず漢字の社名の会社に行ってくれ」と言うし、同級生からも「それどこ?大丈夫?」と言われるし散々でした。それでも日本企業のおじさんたちと面接していると、当時は日本企業が絶好調だったこともあって偉そうにしてるのですが、その割に全然勉強していなさそうで、なんだかつまらないなという直感があった。だから、あえてマッキンゼーを選んだんです。

 このときの判断は直感でしたけど、未来についてどうしてそう感じるのか、予測して確信をもつところまでもっていく方法を、後に孫社長のもとで学んだ気がします。たとえばおそらく、テクノロジーは10年単位、政治・経済は100年単位で大きく変わっていくものだ、と考えています。

朝倉 マクロ単位では、やはり100年単位で見ないといけないんですね。

安川 たとえば『国富論』を書いたアダム・スミスは、分業による生産性の向上によって富は増え、マーケットに任せておけば価格は適正化されて資本主義社会はうまくいく、と主張しました。と同時に、みずからの理論の分業化による効率化は200年後ぐらいに成長限界を迎える、とも予言していました。

 200年後というと、ちょうど1970年ぐらいです。そのころ、ローマクラブが『成長の限界』を出したり、輸出立国を果たした日本の成長も踊り場を迎えました。

 中国はどうかと言えば、1843年にアヘン戦争で負けてから列強に植民地として支配されて、100年後ようやく1949年に中国共産党が国共内線を制し建国した。彼らは、その建国100年後にあたる2049年までにGDP(国内総生産)の経済力でも、軍事力でも世界ナンバーワンになり世界一の座を再び取り戻す「100年マラソン計画」を策定しているそうです。

朝倉 中国は長い歴史のある国ですから、超長期戦略を立てるのは得意そうですね。

未来志向で仕事を選んでいる

安川 見通しやすいのは、テクノロジーでしょう。10年ぐらいで変化が起きるので、ちょっと先読みすれば、面白い会社や事業というのは見える。たとえば、1973年にヴィントン・サーフがTCP/IPプロトコルの論文を発表していて、1972年には、アラン・ケイが考えたiPadの原型となる理想のコンピュータ「ダイナブック」のコンセプトが発表されてるんですよね。その後、iPadが売り出されるまでには40年かかったけれども、ビジョンは製品仕様の詳細まですでにあったわけです。

普通の人が60歳を過ぎても気楽で楽しい高齢化社会を過ごす「マイクロ・アントレプレナー」という生き方「もっとみんなが未来を自分の頭で予測したらいい」と安川さん

 ソフトバンクのなかでも僕の入社した1999年当時、これからインターネットはブロードバンドになって、Wi-Fi網が広がって、それと光ファイバーとをうまくつないだスポットが世界中に広がって……と、考えていました。いつ次世代技術が出てきて普及後は機器のコストがこのぐらいに下がってきて……というトレンドが見える。そうやって、もっとみんな未来を自分の頭で予測したらいいし、変化を正しい時間軸でとらえるべきだ、と思うようになりました。

朝倉 不確実性も含めて、けっこう読める、ということですね。

安川 朝倉さんが著書『ファイナンス思考』でも言われているように、四半期の利益にばかりとらわれて、自分たちがどんな社会的価値を創りたかったかわからなくなっている、PL(損益計算書)重視の人が多すぎる。それだと、結果的にワクワクするような新たな商品は出てこないでしょう。ファイナンスのテクニックとしてじゃなく、事業のための戦略的な思考法を身に着けるべきだ、という朝倉さんの主張はそのとおりだと思います。

朝倉 ご自身のキャリアについても、同じように未来志向で考えておられますか。

安川 そうですね。反対を押し切ってマッキンゼーに入ったわけですけど、シカゴ事務所の2年間を含めて在籍8年間で、英語力もロジカルシンキングもプロジェクトマネジメント能力も鍛えてもらった。それらのハードスキルのおかげで、孫社長のもと死に狂いであってもついていけたと思いますし、30代後半で何百人も部下のいる大企業の役員としてのマネジメントの経験もさせてもらえました。

 40歳を過ぎるころには、大企業になったソフトバンクの役員を粛々と務めているより、今の資本主義システムそのものが正しいのかとか、自分が予測している未来において理想社会を実現するために必要なことをもっと色々やりたい、と思うようになりました。

 今は、大企業の経営幹部と一緒に未来の経営戦略を考えたり、政府研究会メンバーとしてやCIO補佐官として国のあり方からデジタル・ガバメントを検討したり、未来の社会を変える技術を持ったベンチャーに自分でも投資したり、弟の孫泰蔵さんと一緒に支援したり、世界のWellbeingに関する公益財団法人の理事として、未来の人類の幸福や自己実現を測る指標を世界中の学者と考えたり。

 官/民、大企業/ベンチャー/NPOと一見バラバラな職場でバラバラな肩書をもって仕事をしているようだけど、僕としては自分に見えている理想の未来をつくる仕事かどうかで選んでいます。いつも2030-2050年あたりを生きている感じです。

朝倉 業種や職種はバラバラでも、ご自身のなかで一貫性があるということですよね。キャリアを考えるうえで、未来予測をするうえで、意識している点はありますか。

安川 岩井克人先生の著書『会社はだれのものか』で、会社の二階建て所有構造を展開されています。会社は、株主が株式という形で所有するモノであるのと同時に、法人=ヒトとして資産を所有しているので、「会社は株主のものだ」という株主主権論は、その前者だけを見た議論である、と主張されています。

 僕は、これからは会社のモノとヒトの両側面のバランスをうまくとっていくべきなのではないか、と考えています。 たとえば、孫正義社長はどちらかといえば会社を良い意味でモノとして見るタイプで、実際ファンドという形で複数の会社に投資して、一つの大きなテーマで相乗効果をあげている。これはこれで、納得しやすい話です。トマ・ピケティのいうとおり、「r(資本収益率)>g(経済成長率)」だとしたら、投資(r)のほうが合理的ですし、より大規模かつ効率的に世界を変えられる。一方で、誰かがヒトとしての法人で成長(g)を作っていかないといけない。どちらのアプローチも明確に理解したうえで、自分自身は、もしくは自分の会社は、未来に向けてどういうアプローチをするのか、今立ち止まって考えることが重要です。