借金の額や返済状況は、たしかに相手の財力をみる指標になるが、それと仕事の能力、才能、人格、性格は、相関はあっても因果関係の証明にはならないということだ。下手をすると不当な評価になる可能性がある。

 例えば、借金が多い企業が必ずしも経営が厳しいとは限らない。有利子負債が常に数百億、兆の単位であるソフトバンクや、赤字決算をいとわないアマゾンなどの評価は数字だけでは測れない。

 加えて、特定の信用情報の指標が、行政サービスやビジネスに影響するとなれば、そこに特化した対策や不正がはびこることにもなる。これに関しては、例えば、自動車の排気ガス規制や燃費規制があたる。燃費モードに特化した対策が進むと、実用域の排気ガスはクリーンでなく、実用燃費とカタログ燃費に乖離が出る。消費者は、実燃費とモード燃費の乖離を踏まえて、車を選ぶ。自動車メーカーが過剰な燃費効率を追求した末に不正に至ることもある。結果として事業者や基準そのものの信頼性がゆらぐ。

 中国で、信用経済がうまく機能しているように見えるのは、社会のさまざまな部分が成長・拡大局面にある過渡期であることと、都市部やネットリテラシーの高いエリア/ユーザーに利用者が集中しているからだ。

 アリババが運営するECサイト「Tmall」の売り上げの半分は北京上海をはじめとする一級都市、深センや重慶直轄市、杭州、成都などの新一級都市によって賄われている。約13億人といわれる中国人口のうち、半分以上の6億人が農村部に住むとされているが、一級都市と新一級都市の総人口は1億人弱だ。特定市場やコミュニティに対して、特定用途の信用情報にはなりえるが、社会サービスの基盤とはいえない。芝麻信用も、通販などコンシューマサービス向けのスコアにシフトしつつある。信用スコアや信用経済が社会基盤となり、ビジネスや社会的課題を解決するというのは、楽観的な拡大解釈、いってしまえば幻想ではなかろうか。

ビジネスが見えない情報銀行

 信用スコアはビッグデータの新しい応用分野であり、新しい市場を生むという意見もある。もちろん間違いではない。確かに、コンピュータやITを取り巻くビジネスシーンは、ハードウェアからソフトウェアの時代に移り、今はデータの時代だ。データを制するものがビジネスを制するといってもよい。