中国でのビジネスは
政策の変更に翻弄されっぱなし

 また、中国で厄介なのは政策の朝令暮改だ。冨士さんはこう続ける。

「上海では、政策の変更によって路面店がどんどん撤去されています。私はマンションの1階部分で店を出していましたが、2018年に突如としてこれができなくなりました。これまで許されてきた“法律のグレーゾーン”での経営でしたが、今後はダメだというわけです。上海では先月からごみの分別が厳格化されましたが、これも飲食店経営者にとってはコスト増となっています」

 冨士さんが店を経営していた6年間は、人件費も上昇した。

「6年前は月給3000元(当時のレートで約4万8000円)程度で従業員を集めることができましたが、今はその倍の6000元です。ちょっと料理ができる人材となると8000~1万元を要求しますね。賃金相場は今後3年間でさらに上昇するかもしれません」

 複数の理由が重なり、冨士さんは踏ん切りをつけた。そして目を向けたのはマレーシアだった。

「賃料も人件費も上海の半分程度のマレーシアには、まだまだ伸び代があります。串カツだけでなく、上海で経験した中華料理もメニューに入れて勝負したいです」

 専門媒体によれば、上海の日本料理店は約2000店舗あるという。他方、マレーシアにある日本料理店はまだ500店舗にも達していないとか。確かにマレーシアはこれから伸びる市場なのかもしれない。すでに内装が終わった新店舗「パンチ冨士屋」も秋のオープン目前だ。