他人と違った道を行き、時代を変えるイノベーターとして活躍する若きリーダーたちは、どう育ってきたのか。また、その原体験はどこにあるのか。今回は、モバイルゲームの開発や横浜の複合型娯楽施設「アソビル」の運営など、デジタルとリアルの両領域でエンターテインメント事業を展開するアカツキの塩田元規さんです。(聞き手/ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)

中学時代はどん底の“闇”
性格を変えたおやじの死

塩田元規氏
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──ご両親とも教育者だったそうですね。

 おやじも母親も、島根の田舎で小学校の先生をしていました。

 よく学校に一人、怖い生活指導の先生っているじゃないですか。まさにおやじはそれでした。本当に怖い人で、母親とは違って僕がゲームをやることには何も言わなかったけど、「男子たるもの……」という考えの持ち主で、3~4歳の頃から、僕が1歳下の妹をたたいたりすると、ぶち切れて外に出されたり、物置に閉じ込められたりしました。二人きりで飯を食うときとかは、吐きそうになるくらい緊張したものです。

 母親は、校長先生もやった“ちゃんとしている人”で「何でこんな子が育ったんだ」と思っているでしょうね。

 田舎なので、自然の中で遊ぶだけ遊んだことが、脳のOS(基本ソフト)の感性を豊かにしたとは思います。田舎のみんなが愛情を注いでくれている、守られているというあの感じは、東京よりだいぶましな気がします。