眼球に異常がなくとも、脳神経や精神の問題で、見えにくくなったり、見えなくなったりしている患者はかなりの数にのぼるらしい。

「しかし、日本の眼科医の多くは、眼球に異常がなければ見え方にも問題はないと診断してしまう“眼球医”なのです」

 ドライアイという誤診断で片づけられている人が半数以上もいる「眼瞼けいれん」、ある日突然、視野に無数に小雪が降っているように見える「小雪症候群」、そこにはない景色や人の顔が見えたりする「シャルル・ボネ症候群」、情景がすべてミニチュアに見える「不思議の国のアリス症候群」、事故のせいで発症したのに、神経の損傷がMRIに映らないため病気として救済してもらえない「視覚の高次脳機能障害」……等々、一般の眼科では「お手上げの眼病」は、驚くほどたくさんある。

 読者やその周囲にも、これらの症状に苦しめられている人がいるのではないだろうか。

 眼科医は日本に1万4000人いるが、視覚機能を眼球だけでなく、脳の機能とともに考える「神経眼科医」は1000人ほど。そのうち、きちんと専門的に診療できる眼科医は「200人ほどしかいないのではないか」というのが、若倉先生の実感だ。

 先生はさらに、「精神」まで含めて眼科臨床を考える「心療眼科」という領域を提唱し、2007年に研究会を立ち上げた。それはまさに、眼球以外の問題で見え方に支障を来している患者の、最後の砦(とりで)といえる。

「眼科に行けば、『精神科や心療内科へ行きなさい』と言われ、精神科や心療内科では、『それは眼科の病気でしょ』と突き放される。日本には、どこに行っていいか分からず、生きづらいと感じている患者さんが大勢います。そういう方々を理解し、心のケアにあたるのも心療眼科の仕事です」

ステロイドで網膜剥離
世界で初めての発見も

 若倉先生は北里大学の1期生。「神経眼科学」を、アメリカから日本に初めて紹介した石川哲(さとし)教授(当時)のもとで学んだ。

「医者を目指すようになった高校生の頃には、精神科医になりたいと思っていました。人間の心理に興味があったからです。父が文芸評論家で哲学や心理学の本が家に沢山あり、自分としても興味を持って読みあさっていました。親と同じ道に進むのは抵抗があったので医者になろう、それなら心理学に近い精神科医がいいかなという発想ですね。