「ネイティブ並みの発音」に
こだわることの無意味さ

 とにかく日本人は発音を気にしすぎる。日本人は発音が下手だから、幼いうちに英語を学ばせようという流れになっているが、はっきり言ってそれも無理筋だ。日本で暮らしていても、両親のどちらかが英語ネイティブで、家庭内公用語が英語という家庭ならともかく、両親ともに日本人のドメスティックな家庭で、小学校や塾で週に何時間か英語の授業を受けても、ネイティブ並みの発音になるわけがない。

 僕からすれば、「ネイティブ並みの発音」にこだわる意味が分からない。英語にもいろいろな英語がある。僕の娘はロンドンで9年も暮らしていたから、ロンドンなまりの英語を話す。英語ネイティブが聞いたら一発でロンドンなまりと分かる英語だ。ちなみに娘はいま、アメリカのダラスで仕事をしている。現地の英語はテキサスなまりがきついようだが、その中でロンドンなまりの英語を話しているが何も困ることはないという。

 一方で、僕がかつて総合商社の仕事をお手伝いしていた時の話だ。先方の担当者は社内会議で通訳を任されるほどの英語レベルを持つ方だったが、アメリカ英語がベースだったので、イギリス出張時には同じ英語を話す者同士にもかかわらず、現地の人とのコミュニケーションにかなり苦労していた。また、先に紹介したイギリス人の英語教師も、アメリカ西海岸の黒人の英語はさっぱり聞き取れないという。CNNやBBCなどのニュースメディアのレポーターやキャスターでさえ、イギリス英語、アメリカ英語、オーストラリア英語、南アフリカ英語などさまざま。つまり、英語も多様性に富んでいるということだ。

 岡田兵吾氏も著著の中で述べている通り、世界の英語話者は約15億人いるが、その中でアメリカ人、イギリス人などの英語ネイティブは4億人弱しかいないという。つまり、英語話者の80%程度はノンネイティブだということ。まさに「非ネイティブの英語が世界標準の英語」なのだ。

 ノンネイティブの英語はどれもクセがある。そしてノンネイティブは、自分のクセを恥ずかしがらない。インド人は平気でインド英語を話してくるし、韓国人も同様に韓国英語を話す。それなのに日本人だけが、アメリカ人やイギリス人みたいな発音ができないと臆して話さない。話さないというより、話せない。これは英語力の問題ではなく、メンタルの問題だ。

 そういう僕はどうかといえば、ハッキリ言って英語の発音はけっして褒められたものではない。娘とイギリスを旅行したりすると、「パパの英語はなんでそんなにカタカナなの?」と笑われたりもする。だが、それでも英語ネイティブとなんとかコミュニケーションできている。

 また僕の知人に、イギリスで30年以上も暮らしている音楽プロデューサーがいる。エリック・クラプトンやピーター・ガブリエルなど世界の大物アーティストとも仕事している人間だが、彼と一緒にロンドンのレストランで食事をした時は驚いた。店のスタッフと会話する彼の英語が、僕以上の完璧なカタカナ英語だったのだ。しかし、そんな英語でも世界の大物アーティストと仕事ができる。英語で仕事するとは、そういうものなのだ。だから、日本人はあまり発音に気後れしないほうがいい。