1978年の改革開放から今世紀初めまで、中国の通信業は約20年ほどかけて、2003年に固定電話普及率を世界平均に追い付かせた。しかし、このとき新しい問題が発生した。農村の電話普及率は平均よりはるかに低く、都市のわずか3分の1程度で、しかもその差は開き続けていた。広大な農村が発展の「落ちこぼれ」にならないよう、2004年、農村に電話開通の幕が正式に開かれた。

 6年間の努力を経て「全農村への電話敷設事業」プロジェクトが大きな進展を遂げた。2010年、チベット高原で最も辺鄙な村落と見られた、電気なし、道路なしの1000といくつかの村が世間と隔絶された歴史に終わりを告げたことにより、中国全土の行政エリアに全て電話が通じるようになった。

 2004年に始まった「農村の電話開通プロジェクト」が、電話線を通じて農民が外部とコミュニケーションできるようになったきっかけなら、2015年に始まった「電気通信普及サービステストプロジェクト」は、光ファイバーや4Gの世界を農民に披露したと言えよう。

都会から人里離れた地域まで
光ファイバーと4Gはほぼ100%開通

 中国「第12次5カ年計画」(2011年~2015年)以来、光ファイバーや4Gに代表されるブロードバンドネットワークは、中国の都市部やその周辺地区で全面的に展開された。一方で、農村は再び通信網の発達が立ち遅れる危険に直面した。このため、中国政府は2013年「ブロードバンド中国」戦略を発表し、ブロードバンドを電気通信普及サービスの範囲に入れることを提起し、農村のブロードバンドへのアクセス問題を重点的に解決した。

 こうして現在、中国の行政エリアにおける光ファイバーと4Gの開通割合は98%を超え、しかも農村部も都市部と基本的に「同じネットワーク、同じ速度」の通信サービスを受けている。

 電気通信の普及サービスは、人里離れた地域に住む人々の生活様式も根本から変えた。情報通信サービスの普及は、脱貧困という困難な問題の解決に大きく寄与しただけではなく、中国国民の知る権利の普及と維持にも貢献している。また機会を見て、そのへんの事情をお伝えしたい。

(作家・ジャーナリスト 莫 邦富)