――では、最後にお聞きする。ライフクリエーションセンターとして、何を目指すか?
新しい暮らしを創造したい。もちろん、暮らしは地域によって違う。暮らしという観点で、ホンダらしい価値を提供する。慈善事業ではなく、サスティナブル(持続可能)なビジネスを生み出したい。

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◎インタビュー後記
2019年11月26日、インタビューの待合場所である本田技研工業株式会社(東京都港区青山)に着くと、1階ショールームであるウエルカムセンターは2020年1月のリニューアルオープンを目指して大規模な改修工事中だった。
本社裏手の通用門前、さほど広くないスペースにホンダの年表が展示されていた。ホンダの原点は、1947年に発売した補助エンジン付き自転車(通称「バタバタ」)。その翌年(1948年)に本田技研工業(ホンダ)を浜松で設立。その5年後、排気量146㏄の主力モデルに3速ギアを採用した『ドリーム3E』を発売。同年、当時は汎用(はんよう)と呼んだパワープロダクツ事業に参入した。
1960年には、ホンダ製品の研究開発を行う株式会社 本田技術研究所を設立。本田宗一郎氏は「研究所は、技術を研究することではありません。研究所は、人を研究することころです」という言葉を残している。
ここから本社(本田技研工業)の事業企画や営業部門と、研究所(本田技術研究所)の研究開発を分離するという、ホンダ独自の組織形式が始まった。四輪に進出したのは、さらにその3年後の1963年である。
改めてホンダの社史を振り返ると、「移動と暮らし」がホンダの中核にあることがわかる。
「技術は人のために」――。
ライフクリエーションセンターとは、名ばかりの生活創造ではない。そこには、ホンダとしての、原点回帰がある。
(ジャーナリスト 桃田健史)