植物にも神経がある?
ハエによって、ハエジゴクの感覚毛が2回触れられると、裂片の表面の細胞が急速に拡大して、裂片が閉じる。このとき、感覚毛から表面の細胞に伝わるのは電気による信号である。そのため、植物にも神経があるのでは、といわれたこともあった。動物の神経も、電気によって信号を伝えるからだ。
しかし、動物の細胞が情報を伝えるときに、電気を使うのは神経細胞だけではない。たとえば、動物の皮膚の表面に並んでいる上皮細胞同士は、タンパク質でできた管のような構造を使ったギャップ結合で結ばれている。
細胞と細胞のあいだにわずかなすき間(ギャップ)があるのが特徴である。このギャップ結合によって上皮細胞は、すぐ隣の上皮細胞と情報をやり取りしているが、そのときに使われているのは電気による信号である。電気による信号を使う細胞はたくさんあり、神経細胞はその中の一つにすぎない。
ただし、神経細胞は、電気信号を非常に速く運ぶ、もっとも特殊化した細胞である。したがって、植物が電気信号を使っているからといって、神経があることにはならない。
それに関連して思い出されるのは、植物にも感情があるという話である。今から50年ほど前に、植物にも感情があるという本がイギリスで出版され、ベストセラーになった。その本の著者は、植物の感情を表す電気信号を測定したと主張したのだ。
しかし、電気信号は、生物の世界で広く使われている情報伝達の手段であり、神経やその集合体である脳だけが使っているわけではない。しかも、その本の著者が紹介している研究は、非常にずさんなもので、その結果はまったく信用ができない。
したがって、植物に感情があることを示す証拠はまったくないのである。
(本原稿は『若い読者に贈る美しい生物学講義』からの抜粋です)